* スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 21:聖エトナの遺跡
 司祭宮にもどった。
 イルはいなかった。奥の食料庫でラグを見つけた。
「家がやられた。しばらくここに置いてくれ。」
「リウ。ここもいつまで保つか。食料はせいぜいひと月だ。今、イルが調達にいってるがな。」
「奪い合いがなければ、畑仕事や放牧ができるんだ。みんなにいき渡る食べ物はあるはずなんだ。どうしてこうなってしまってるんだろう。」
「人間の不安や強欲が一気に現われたのさ。表面から隠されていたものが噴き出した。」
「あおる者もいる。ラグはエケネンを知ってるか?」
「エケネン?」
 ラグな眉根をよせて声を低くした。
「やつに会ったのか?」
「若いやつをあおって強奪させている。この街を牛耳るらしい。」
「あいつは元々街の暗闇で生きて来たやつだ。おれが酒に溺れていた時はよくあいつの名を聞いたもんだ。地滑りがあって、やつのようなのが天下を取ったような気になってる。ロクなことはしない。」
 そこへイルが帰ってきた。
「これしかなかった。」
 そういって麦粉をふた袋下ろした。
 サリがみんなの顔を見上げて言った。
「食料がなくなったらどうするの?」
 イルはサリの顔を見て肩をすくめると言った。
「山に入ってなんとかしのぐしかないだろう。」
「今から少しずつ山に食料を運んでおいた方がいいんじゃないか?ここはいずれ誰かにまた踏み込まれる。」とリウ。
「そうだな。明日から運ぼう。ちびたちも頼むぜ。」
 ラグがそう言うと、サリは憤慨して言った。
「ちびじゃない。サリだ。こっちはレモ。」
 限りある食料を大事にうまく使って、レモとラグは夕食をこしらえた。
 みんなは明日から運ぶ食料の荷造りをした。

「どこがいいと思う?」
 燭台に灯を点して夕食をとりながら、ラグがペキニの地図を広げた。
「墓所の高台は?」
「街に近すぎる。」
「イフー山のどこかは?」
「そうだな、いいかもしれない。」
「待って、聖エトナの遺跡は?」
 サリが言った。
「沙漠の先だぞ。」
「だからさ。泥棒も沙漠を超えて来るのは面倒だよ。」
 しばらく沈黙があった。
 口を開いたのはリウだった。
「いいかもしれない。どうだ?」
 イルを見る。
 イルもうなずいた。
「思い切ってそのくらいしか今のところ安全なところはないだろう。」
「よし、じゃ、明日は早いぞ。食べたら早く寝ろ。」
 ラグがそう言って地図をしまった。

 その晩、リウはさすがに疲れ果てて眠った。
 夢を見た。
 白い服を来た少女が、遺跡の斜面を登っていく。その後についてリウも登っていく。
 いつも夢に出て来た少女だ。今日は振り返らずに登っていく。
 遺跡を登り切ると、一見分からなくしてあるが、中に入る小さな入り口があった。
 そこでようやく振り向いた少女は、黒い瞳でもの言いたげに入り口を示した。
「入っていいのか?」
 うなずく少女にうなずき返すと、リウはその小さな入り口に身を滑り込ませた。
 その後は覚えていない。

 まだ、暗いうちにラグが起こしに来た。
「行くぞ。」
 眠い目をこすりながらサリもレモも起きてきて固焼きのマムをかじって、お茶で流し込んだ。
 みんなで手分けして持てるだけ持てる食料をかついで、明け方の人気のない街を足早に抜けた。
 ペキニを取り巻く山をまず登る。そして、いったん下って、街の外に出て、西南に広がる沙漠に向かう。
 聖エトナの遺跡はその沙漠を半日ほどで抜けて初めてのオアシスに、小山のようにそびえていた。黄色い土でできていて風化が進んでいるが、ところどころにまだ素晴らしい彫刻も残っている。
 ここはペキニの街に初めて兄が来た時に最初に落ち着いた場所で、その後、兄たちの業績を讃えて神殿が造られた。だが、それももう1万年前のことだ。
 以来、兄の生っ粋の末裔と言われる家系の者がこの遺跡を守っている。
 街の者でここへ来る者はあまりいない。
 それは聖地とされて禁じられているからだ。リウも初めてだ。
 けれど、リウは初めてな気はしなかった。いつも夢に見ていたから。
 だが、その姿が夢で見た通りに現われた時には、さすがにリウも鳥肌が立った。
「こっちだ。」
 そういってリウはみんなを先導する。
 ラグが言った。
「まるで遺跡守みたいだな。」
 イルが言う。
「遺跡守は当然地滑りで消えたんだろう?ところでここは入り口がないな。」
「いや。てっぺんから入るんだ。」
 そう言って、今はもう確信を持ってリウは遺跡の斜面を登る。
(遺跡守なのか?おまえ。)
 心の中で少女に語りかけた。
2006.08.15 Tuesday * 10:31 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 22:イリュ
 エカは聖エトナの遺跡にいた。
 司祭宮からイナとともに遺跡にもどった。
「母は臥せっています。今はわたしが遺跡守を継いでいます。イナ、地滑りが起こってからリウを見ましたか?」
「いや、見るっていってもどうすれば?」
「ここは聖なる場ですから街より見やすい。オーネンはイナが見ることを覚えるよう、わたしを呼んだのです。こころを鎮めて。今、イナのこころは千々に乱れている。自分のこころにとらわれるこころを手放すのです。」
「やってみる。」
 そう言うと、イナは遺跡の内宮で深呼吸した。
 やがて、波立っていた心の内側がしーんと静まって鏡のように平らに透明になってきたとき、
[これで済むと思うなよ!]
 ケニの声が聞こえてきた。
(リウ、また暴力をふるったな・・)
[おれはケニが許せない。]
 そういった時のリウの激しい瞳が見えた。
「たたけばたたきかえされる。」
 思わずつぶやいた。
 祈りにも似た想いが遺跡に反響していた。
 イナははっと我に返った。
 エカが微笑んでいる。
「見えましたね。」
「自分を捨てるなら、次元をも超えられるさ。」
 聞き覚えのある声がした。
「カリフ先生!」
「言ったろう?弓と同じだ。自分である限り本当には弓は引けない。引かされるんだ。引くんじゃない。」
「どうしてここに?」
「母の見舞いに来てくれたのです。」
 エカがカリフに会釈した。
「イリュは?」
 エカは小さく首を振った。
「母に会ってください。喜びます。」
 カリフの後ろ姿を見送りながら、イナはエカに聞いた。
「前から知り合い?」
「カリフが前にこの街にいた時に縁あって母がお世話したことがあるのです。」
「その頃ってもしかしたら、墓所に眠るカリフと関係がある?」
 エカは目を大きくして聞き返した。
「知っているの?」
「いや、カリフという墓に祈っている先生を見ただけ。だけど、いつものカリフ先生と全然違っていた。」
 エカはため息をつくと、小さくつぶやいた。
「あれは、避けられなかったことです。カリフはもう十分苦しんだわ。人は間違いをおかすのだと母は言っていました。間違いを許すことをできるのも人だって。」
「あの墓のカリフって誰?」
「・・。」
 エカは少しの間ためらって、告げた。
「母の愛した人です。」
「えっ!?」
 意外な言葉を聞いてイナはとまどった。
「じゃ、きみのお父さん?」
 エカは微笑んで首を振った。
「カリフが亡くなって何年かしてから父と母は出会ってわたしが生まれました。父はわたしが幼い頃亡くなりました。」
「どういうこと?じゃ、なぜカリフはカリフという名前なの?」
「カリフがカリフの命を奪ってから、彼はその名を受け継ぎました。自分が犯した罪を背負うために。以前は違う名だったんです。」
「奪っただって?だけど、じゃどうしてきみのお母さんは、自分の愛する人を殺したカリフと今でもつきあいがあるんだ?」
「・・。亡くなったカリフは裏稼業ばかりしている人でした。けれども、母のイリュは、彼の中に真っ白い魂を見たといいます。その魂に母は恋をしたのです。その頃、まだ子供で、家族もなく、流れ者だったエナンは、カリフに拾われ、カリフの下で詐欺や博打やすりに明け暮れていました。」
 イナは言葉もなく聞いていた。
「ある時、母がカリフの子を身ごもっていた時、カリフが母を殴ろうとして、止めに入ったエナンがカリフを刺してしまったのです。まだ、今のわたしよりもずっと小さな子供のエナンがです。」
「その、エナンがカリフなんだね。」
 エカはうなずくと、続けた。
「急所に刺さってカリフは死にました。だけど、母とその子は助かりました。」
「その子って?エカに兄弟がいるの?」
 エカはうなずいたが、目を伏せた。
「兄は滑りました。」
 そして言った。
「エナンはこの街から去りました。自分の名を捨て、カリフの替わりに生きていくことにしました。長い年月が過ぎ、オーネンは大人になったカリフを見込んでペキニの学問所の先生として迎えました。そして今、母が長くないことを聞いて、見舞いに来てくれているのです。エナンにとって、カリフは兄のような父のような存在でした。そして、わたしの母は姉のような母のような存在だったのです。」
「そうだったのか・・。だから・・。」
 イナはカリフの墓の前のカリフを思い出していた。

「エカ!」
 カリフの呼ぶ声がした。
 エカははっと顔色を変えると奥の間に走った。イナもそれに続いた。
 飛び込んだ部屋には燭台が灯されて、寝台の横にカリフがいた。
「イリュが呼んでいる。そばにおいで。」
 寝台にはほっそりとした白い顔をした銀髪の美しい女性が、横たわって細い息をしながら微笑んでいた。
 イナは、こんなに美しい人は見たことがないと棒立ちになった。
「エカ・・。そろそろいかなければ・・。おまえに最後の言霊を授けます。」
「はい。」
 エカはひざまずいて、イリュの手をとった。
[レアチサ ニノモルケヅツミスス テッカムニリカヒ デカナノミヤ]
 エカはうなずいた。
「おまえの兄と、たましいの双子と、この遺跡をたのみます・・。」
 そう告げると、光り輝くようだったイリュの顔から、たちまち生気が抜けていった。
 寝台の足元の方に突っ立っていたイナにもそれがわかった。
 そして、同時に、イナの脇を透明でうるおいのある風が通った。響きを残しながら。
[エカをたのみます。]
 イナは振り返った。
 その風は入り口の天井の方に抜け、天へと昇っていく。
 イナはいつまでもいつまでもその風を遥かに見送っていた。
2006.08.16 Wednesday * 12:25 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 23:イスキニの森
 てっぺんに着くとやはり、夢で見た通りの石組みがあって、それをずらすと人ひとり通れる入り口があった。
「ここから入るんだ。荷物は下ろして、引っ張り込め。気をつけろ。最後にラグが入って、石組みを蓋してくれ。」
 そうリウは告げると、身軽にその入り口から身を滑り込ませた。
 中は暗かった。なだらかな坂がらせんに続いて下へと降りていく。荷物は引きずればいいので楽だった。
 ぐるぐると回り回って降りて来たところで広い床面に出た。
 リウは荷物を探って火打ち石を取り出すと灯を点した。
 広い空間だった。灯りにキラキラと輝く床はサザラン石か?
 中はひんやりとして涼しかった。
 窓もないのに、新鮮な空気が通っている。
 次々にみな、らせんの坂から降りて来た。
「鍾乳洞みたいに涼しいな。やっぱり人気はないのか・・?」イルが言う。
「なさそうだな。こっちだ。風がこっちから来る。行ってみよう。荷物はひとまず置いていくんだ。」
 リウは灯をかざしながらみんなをうながした。
 広間に放射状にあいているいくつかある入り口のうち、かすかな風に誘われるようにリウたちは歩を進めた。
 真っ暗な廊下の両側にはいくつかの扉が並んでいる。そのまままっすぐ突き当たりまでいくと、そこの扉の下からわずかに光がもれていた。
「誰かいるのか?」
「このすきまから風が来てるんだ。開けるぞ。」
「あっ!」
 まぶしくて皆目がくらんだ。
 おそるおそる最初に薄目を開けたのはサリだった。
「見て!空が!」
 ようやく目が慣れてきてかざしていた腕を下しながらリウたちは言葉を失った。
 そこには、空と野原があり、森があった。
「うそだろう?」
 一歩踏み出したリウが信じられないという顔をしてみんなの方を振り返った。
「イスキニの森だ!どうして?」
「なぜイスキニの森とわかる?」
「あの樹の奥に泉がある。よく知ってる。」
 リウたちはいつもの森の静けさに分け入って、その泉のそばに近づいた。
「ララ!いるか!」
 夕陽の色の魚は、何事もなかったかのように泉に浮遊していた。
「どういうことだ?なぜ遺跡と森がつながっている?」
[なぜつながっていちゃいけない?]
「よくわからない。地滑りが起きたのは知っているか?」
[ああ。]
「前からこことつながっていたのか?」
[つながる必要がなかったんだろう。つながることはなかった。お前たちが必要としたからここにここがあるんだろう。]
「誰としゃべっているんだ。」
 ラグが覗き込んだ。
「誰もいねえじゃねえか?」
「おい、失礼なこというなよ。紹介する。ララだ。」
「?もしかして、こいつのことか?お前魚としゃべってたのか?」
「こいつじゃない。ララだ。夕陽の色をしているだろう?」
「ララ、こんにちわ!」
 サリがラグを押しのけて泉を覗き込んだ。
[やあ、サリ。]
「ぼくのこと知ってるよ!」
 イルがとまどった顔をして困ったように突っ立っている。
[ラグとイルは魚としゃべる必要がないと思っているからまだ通じない。気にするな。彼らが選ぶ。]
 ララはそう言って涼しい顔をしていた。
 リウはみなに通じるワケではないことを合点すると、ラグたちを気づかって彼らの前でララと話すのをやめた。
「ひとまず荷物をここへ運ぶのはどうだ?」
「そうするか。」
 そういってラグやイルは頭では理解できないながらも、夢遊病者のように素直に引き返していった。
2006.08.17 Thursday * 12:31 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 24:内宮
 彼らを見送ると、リウは振り返ってララに問うた。
「今、向こうの扉ごしに遺跡に通じてるのはララには分かるのか?」
[ああ。]
「遺跡に誰か他にいるか分かるか?」
[お前たちの他にはいない。人としては。]
「人として?」
[知っているだろう?目に見えるものだけがこの世界にいるのではないと。]
「・・声か?あれは誰だ?兄か?」
[・・]
「イナか?それともあの白い少女か?・・まあいい。まずは荷物を運ぼう。」
[ひとつ、言っておく。]
 リウは呼び止められて振り返った。
[遺跡はお前たちが望むものが現れやすい。そういう場所だ。たぶんこの森にいつも通じるわけじゃない。ラグやイルが信じたくない気持ちが強くなればそこはただの部屋となるだろう。]
「そうなのか?」
[そうだ。]

 荷物を持って戻ってきたイルやラグとすれ違った。後ろで声が上がった。
「どうした?」
 リウが駆け戻ると、そこはララの言ったように遺跡のただの部屋のひとつになっていた。ただ、明かり取りの穴があり、風も通っている。煮炊きする場所もあって都合がいい。
「おれはどうかしちまったか?」
 ラグはふらつくと荷物を降ろして頭を抱えた。
「さっきここに森があったと思ったんだ。おれだけか?」
「いや、オレもだ。」とリウ。
「オレも見た。」イル。
 サリとレモもぼうぜんとそばに立っている。
「ま、まあ・・・いろいろあったからな、みんなどうかしたんだ。はっはっは。気にするな。とりあえずここならなんとか暮らしていけそうじゃないか。昼飯を食ったらいったん帰るぞ。」
 ラグは自分を奮い立たせるように妙に饒舌になって荷物をほどき始めた。レモが手伝う。
 対照的にイルは全然しゃべらなくなって部屋の隅に座り込んだ。
 リウはララの言葉を思い出しながら、遺跡の中をサリと見て廻ることにした。
「ララが言った通りになったね。」
「ああ。」
「人の想いってそんなにスゴイのかな?」
「ああ・・。」
 最初の広間にもう一度立つと、他よりも少し大きめの入り口がひとつあるのに気づいた。
「ここは・・。」
 そこはまっすぐと奥につづいていて、その先にうつくしい細工の施された頑丈な扉があった。
 
 ふたりで全身で押し開けると、そこは入り口の広間よりもさらに広い丸天井の広間だった。正面に祭壇のようなものがある。
「内宮かもしれない。」
「内宮?」
「うん。聞いたことがある。そこが聖エトナの中心だって。」
 ふたりの足音が響いた。
「なにを祀っているの?」
「兄と兄を遣わした者だ。」
「兄を遣わした者?」
「世界の中心。すべての始まり。世界を方向づける意志。」
「なんなのそれ?人?」
「いや。たぶん人とは違うだろ。オレに聞くなよ。知るわけないだろ。聞いただけなんだから。」
「リウ、いるのか?」
 ラグの呼ぶ声がした。
「昼飯を食ったら出発するぞ!こっち来て食え。」
「わかった!」
2006.08.18 Friday * 14:34 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 25:アタ
午後は風が出た。
リウたちはマントで顔を覆って砂を吸い込まないようにして進んだ。
司祭宮に帰り着いたのは夕暮れ時だった。
その時、リウたちは裏口から駆け出す人影を見た。
「あっ!待て!」
 イルが最後のひとりの腕をつかんだ。
「痛いっ!離せ!」
 かん高い声が響いた。
「アタ!」
 こっちをキッとにらみつけたのはアタだ。7、8人の仲間は振り返りもせず荷をかついで駆け去った。
「盗んだのか?お前、家族は?」
「にいちゃんだけだ。あたしを置いて逃げやがった。とっくに家には食うものがない。」
「仲間があんなにいるのか?」
「あれだけじゃない。エケネンの下にはこの街中の若い者が集まってきてる。」
「食料をやられたか?」
 ラグが食料を積み上げていた部屋に走った。
「見事に全部持って行きやがった・・。」
 立ち尽くしているラグのそばにみな揃った。
 イルはアタの手をつかんだまま引きずってきている。
「わかってたことさ。ちょっと早かったがな。」 
 リウは平然とつぶやいた。
「こいつをどうする?」イルが問う。
「ほっとけ。連れててもしょうがない。」
 アタはイルの手を振払い、鼻で笑って見下すような目をしてリウたちを見た。
「強いものだけが生き残るんだ。おちおちしてると食いっぱぐれるよ。物盗り同志で殺しあいだって始まってる。せいぜいがんばるんだね。」
 そう言って身をひるがえした。
「アタ!」
 リウが呼び止めた。
 アタが振り返る。
「エケネンのところに連れていってくれ!」
 ラグもイルもみんな驚いてリウを止めた。
「やつのことが分かってるのか?近づくんじゃない!」
「確かめてくる。何が起こってるのか。みんなはあそこにもどってくれ。」
「だめだよ!リウ!行っちゃダメだ!」
 サリとレモが腕にしがみついた。
「この街のうずの中心がエケネンになろうとしてる。そこから目をはずしちゃいけないんだ。きっとそこに何かがある。」
「『最後の心』?」
「わからない。だから行く。」
 アタが冷ややかに笑った。
「行くのかい?行かないのかい?」
「ふたりを頼む。」
 リウはイルたちを振り返った。
「じゃ、オレも行こう。」
 イルが静かな目をして言った。
「イル!」ラグが叫ぶ。
「オレは一度死んだ身だ。父さんも死んだと思ってふたりを守ってくれ。」
「じゃ行くよ!」
 そう言って駆け出したアタの後をふたりは追った。
「リウ!」
「イル!!」
2006.08.19 Saturday * 08:26 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 26:冷え
 3人の声を後ろに聞きながら、リウは意外に足の速いアタの後ろを走った。
 入り組んだ路地を行き市場を抜けると、骨董街があり、そのはずれに一軒の商人宿があった。
 アタはその宿に飛び込むと、地下に続く階段を下った。
「アタ!」
 アタは声をかけた青年をにらんだ。
「おまえなんか知らないよ。置いていきやがって。」
「気にすんなよ。こうしてちゃんと帰ってきたじゃねえか。誰だそいつら。」
「リウとイルだ。エケネンに会いたいんだと。」
「仲間に入るんだな?」
 アタによく似た青年は人目でアタの兄と分かった。
「ああ。」リウはイルの顔をちらっと見ると言葉少なくうなずいた。
「まあ、入んな。ちょうど奥にエケネンが帰ってる。」
 地下は案外広く、何人もの男たちがくだを巻いており、奥まったところの肘掛け椅子に見覚えのある黒いひげの男が身を埋めて酒を飲んでいた。
 アタの兄がふたりをエケネンの元へ連れていった。
「ダルか。なんだ。」
 男は下からなめるように蛇のような視線を走らす。
「こいつらも仲間になりたいと言ってます。」
 乾いた冷え冷えとした瞳がリウの顔をひたと捕らえた。
「おまえか。」
 リウは自分の胸のやわらかいところをわしづかみにされるような底冷えを感じた。
「あなたが街の中心だと聞いて。」
「何ができる?」
「足が速くて身軽だ。少々のけんかなら負けない。」
 エケネンの口の端がふっとかすかに上がった。
「だったらそいつを倒してみろ。」
 指差したのはイルだった。
 リウは言われるが早いか周りのものがまばたきする間にイルを一発で殴り倒していた。
「よし。入れてやれ。」
 冷えきったマグマのようだったエケネンはふいごで風を送られたように幽かに紅く笑った。
 リウはイルを助け起こしながら小声でささやいた。
(すまない・・。)
「こっちへ来な。この宿はエケネンの城だ。部屋をあてがってやる。」
 ダルはそう言ってふたりを2階へ案内した。
 ダルが去ると、リウはイルの腫れ上がった顔を自分の服を裂いて冷やした。
「わるかった。ああでもしないとあいつには通じないと思った。油断するとあいつの底抜けの『冷え』にやられる。」
「『冷え』か。確かにとりつくしまがない。スキあらばその『冷え』に食われるな。」
「・・・。」
 リウの手が止まった。
「なんだろう。あれは・・。」
「なんだ?」
「あの、深い闇だ。洞くつの奥から冷え冷えとした風が吹くような・・。」
「・・。」
「あの洞くつの底には何がある?」
「気をつけろよ、リウ。飲み込まれるとおまえもああなるぞ。」
2006.08.20 Sunday * 11:31 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 27:施薬院
 エケネンたちの朝は遅かった。午後になってから動き始める。
 ダルに連れられてさっそく『仕事』に出かけることになった。5、6人で連れ立って『宿』を出ようとしてバッタリ出会ったのはリサイだ。
「リウじゃねえか。ここで何してる?」
「仕事だ。」
「おまえもやっぱり盗人か?フフ。だろ?そうするしか生きてけねぇよな?」
 リサイは勝ち誇ったように笑った。
 それには答えずリウはダルについて歩く速度を緩めなかった。リサイには振り返らなかった。
 ダルに聞いた。
「エケネンのことはいつから知ってるんだ?」
「前から知ってたさ。裏稼業じゃ名の知れた人だ。」
「どんな人なんだ?」
「見た通りさ。口数は少ないが、容赦はない。その強さに引かれて若い者が集まる。」
「家族は?」
 ダルはじろっとリウを見ると、
「詮索はやめた方がいいぜ。それをして袋だたきにあったやつがいる。」と告げた。
 リウは黙った。イルに肘で小突かれていた。
「今日はここだ。まだ手をつけてねえ。」
 ダルが立ち止まったのは、施薬院だった。病の者が薬をもらいにくる。重病の者はここで面倒をみてもらう。
「ここでどうするんだ?」
「どうするってもらい受けるのよ。」
「何を?」
「薬に決まってら。いいか、持てるだけ持って帰れ。薬は高く売れる。」
 ダルたちは扉から入るとまっすぐ奥の施薬の間に向かった。待ち合いは病気の者であふれている。
「なんだい、あんたたちは!」
 声をあげた老女を突き飛ばし、棚に並んだ薬を、持って来た袋に乱暴に詰め始めた。
「やれ。」
 リウたちもそれに習う。
「待っておくれ!それを全部持っていかれたらここにいる病人はどうなるんだい!」
 老女は悲痛な叫びを上げながらダルにすがる。それを思い切り殴り飛ばし、さらに蹴り上げた。
 リウの表情が変わるのを見て、イルが懸命にリウを抑えた。
「行くぞ!」
 あらかたの薬を手分けして袋詰めにすると、ダルたちはそこを出た。
「今日はここだけで充分だな。手間もかからねえでいい仕事だ。」
 仲間たちは笑った。
 リウとイルだけは笑っていなかった。
 その晩、ふたりは薬の袋から少しづつ抜き取って、施薬院にもどった。
 頭からマントをかぶって顔を隠して、廊下にまで病人が寝静まる施薬院の奥へと忍んでいった。
 そこには昼に殴られた老女が熱を出して寝込んでいた。
「だいじょうぶか?」
 リウが持ってきた薬を傷に塗ろうとすると、老女は気がついて言った。
「あたしより重い者がいる。そっちにお願いしますよ・・。」
「施薬師はいないのか?薬は作れないのか?」
「地滑りでね・・。」
「少ししかない。すまない・・。」
「ありがとうよ。助かるよ。」

 月が光っている。
 ふたりはしばらく無言で路地を歩いた。
「オレに何かできることはないのか・・?」
 ようやくリウが重い口を開いた。
 イルはかすかに首を振った。
「こういうことは分かってたはずだ。どうしてリウはエケネンの元に来たんだ?そこに何を探しにきたんだ?」
「オーネンが言った。あらゆる心を束ね、あらゆる心を捨ててなおそこに残るという『最後の心』を見出すことだけが兄のくにに到れる道だと。エケネンのところに来てみて思った。だったらエケネンのあの洞くつにも『最後の心』があるはずだ。それを見つけなくちゃならない・・。」
「そんなことができるか?」
「でも、今はオレにはそれしか手がかりがない・・。」
「・・。だったらがんばるんだ。あらゆる心を忍んでいくしかないだろう。」
「そうだ。それしかないんだ。」
 リウはふと気づいてイルの顔を見上げた。
「なんだ?」
「今、イルが言ったことを言うだろうオレの兄を思い出した。」
(イナ・・。)
 月明かりは、地滑りがあったことを忘れさせるように変わらず透き通ってリウたちを照らしていた。

「リウは気づいてるわ。」
「何を?」
「エケネンのところに行った。」
 エカはイナの問いに答えず、朝露草がほころぶようにひそやかに微笑んだ。
 イリュの弔いを済ませて、エカは前にも増して落ち着きを備えていた。
 イナは重きものを背負うこの小柄な少女が短期間にみるみる成長していくのを、まぶしく見つめていた。
「オレに何かできることはないのか?」
 朴訥なイナのまっすぐな瞳を見つめて、エカは今度は朝露草の小さな実がはじけるようにそっと笑った。
「なに?」
「見たでしょう?リウと同じことを言うから。」
「そうだった?」
 そして切ない瞳をしてエカは言った。
「わたしたちは今はただ、見つめるしかないの。リウの苦しみを我が苦しみとして・・。」
2006.08.21 Monday * 12:52 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 28:砂漠
 リウたちはひと月も経つとやっていることに慣れてきた。
 初めは盗ったものの中から気づかれない程度に抜き取ってもどしていたが、エケネンの目が光るようになってそれもできなくなった。
 やがて街中のものはエケネンの財となり、あちこちでのいさかいでのし上がったエケネンの盗賊団は、街の外へもその手を伸ばしていった。
 馬に乗って街境から見下ろすと、街はよどんだ空気に沈んでいる。
(ペキニの街・・。)
 外へ遠征して帰って来る度にリウはペキニの街の光景に心がうずいた。
 リウはその瞳から自分で紅い色を鎮め、つとめて目立たなくしていた。だが、心配なのはイルだった。
 ひと月前に励ましてくれたイルは、澱のように溜まってくる『冷え』に、瞳の色を汚されてきていた。
 ここ2、3日は酒をよく飲んでいる。
「イル。遺跡にもどれ。飲み過ぎだ。」
「遺跡にもどってどうする?あそこだって何もない。こうして生きていくしかない・・。」
「おう、遺跡がどうしたって?」
 そこへリサイが割って入った。
「いや、別に・・。」
「明日は遺跡に行くって話だろ?」
「えっ?そうなのか?」
「聞いてないのか?」
「ああ。だって遺跡には何もないだろう?砂漠も越えて行かなきゃならない。だったらタスチフに遠征した方がいい。」
「あるんだよ。あそこにも。お宝がな。」
「えっ?」
「こないだな、北の商人が言ってたそうだ。あそこの内宮の祭壇にある燭台を北の王が高く買うと言ってるとな。だいたい内宮にある玉石っていう石がそもそも高い代物らしい。他にも探しゃあ色々あるだろう。壁の彫刻をはがしたっていい。」

 リウはその晩、馬を走らせた。夜に砂漠を越えるものは呪われると聞いたことがあるが、構っていられなかった。
 砂漠は馬で越えられない。そこからは徒歩で前へ進む。夜半過ぎから風が出て砂が舞い、目印の星をかき消し始めた。
 這うようにリウは前へと進んだ。進んでも進んでも何も見えなかった。
(おかしい・・。まだオアシスが見えない。どうしたんだ。迷ったのか?)
 吹きつける風で息が苦しい。
 風に混じってかすかに低い笑い声が聞こえる。
(空耳だ。そんなものは信じない!)
 それでも今度は人の断末魔のような悲鳴のようなものが聞こえてきた時にはさすがにリウの背筋は凍りついた。
(うそだ。惑わす幻聴だ・・。)
 だが、骨まで冷やす夜の風は、リウの体温を奪っていく。
(もうすぐだ。もうすぐなんだ・・。)
 その時、ふっと砂嵐が晴れた。
 リウは見た事のない崖が目の前に立ちはだかっているのを目にして、ついに力が尽きた。
(なんてことだ・・ここは・・どこだ・・。)
[・・リウ!・・リウ!]
 内に響く『声』を聞きながら、リウの意識は遠のいていった。
2006.08.22 Tuesday * 11:39 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 29:玉石
 火のはぜる音で目が覚めた。
 寒気がして頭がガンガンする。熱が出ているのかもしれない。うっすらと開いた目の端に人影が映った。
「ラグか・・?」
 その人物は大きくからだを揺らしながら歩く。少しからだが不自由なようだ。ラグじゃない。
 湯気の立ったカップを手にしてリウのところにやってきてひざまずいた。
 そっとリウの頭を助け起こし、湯を飲ませてくれようとする。
 湯気の向こうの顔ははっきりと見えなかった。だが、飲み終えたカップをテーブルに置こうとした横顔を見て、リウは血の気が引いた。
「父さん?」
 だが、男はなんの反応もない表情でこっちを見ている。
「父さんだ!父さんだろ!?」
 リウは寝ていた粗末なベッドから転がり落ちた。
「父さんじゃないか!?」
 男にすがる。
 だが男は無表情にその手を払い除ける。
「オレだ!リウだ!わからないのか?」
 リウがさらに必死になって迫ると、男はおびえたような瞳になってうなり、思うように動けないリウを担ぎ上げると風が吹きすさぶ外に出た。
 そして砂嵐の中をしばらく歩くと、岩影にリウを置き捨てるようにして去っていってしまった。
 リウは気分がわるくなってそのままそこでふたたび意識を失った。

「おい!リウ!リウ!だいじょうぶか!」
 今度はラグの声で目が覚めた。
 砂嵐は去って、夜が明けようとしていた。
「オレは・・?」
「驚いた。夜の砂漠を越えてきたのか?オレが通りかからなかったらどうするつもりだったんだ。」
 ラグに担がれながらリウはめまいがしていた。
「・・父さんは?・・」
「なんだって?どうした。だいじょうぶか?」
 遺跡に着くとらせんの坂を下った入り口の広間でラグはいったんリウを降ろした。
「リウ!」
 サリとレモが駆け寄ってきた。
「どうしたの?だいじょうぶ?」
「・・エケネンたちが来る。知らせにきた。遺跡を荒らしに来るんだ。」
「なんだって?どうする?」
「ラグ、ラグ、聞いてくれ。」
 リウはラグにつかまって上半身を起こした。
「前にイスキニの森を見たろう?」
「ああ。」
「あれは本当につながっている。ラグがそう信じてくれればつながる。あれは信じないものにはつながらない。だから信じてくれ。あそこへ逃げ込めばエケネンたちから逃れることができる。」
 リウのせっぱつまった様子に気圧されて、ラグは素直にうなずいた。
「わかった。よくはわからないが信じればいいんだな?」
「よし、サリもレモもあの部屋に行け。いいと言うまでそこにいるんだ。」
「リウは?」
「オレは内宮を見て来る。」
 そう言うとリウはふらつきながら立ち上がった。さっとサリが支えた。
「一緒に行くよ。」
 リウはちょっと笑むとうなずいた。
「レモはラグの心を支えてくれ。あとからすぐ行く。」
「内宮の何を見るの?」
「燭台やら色々だ。できれば盗られたくない。」
 再びどっしりとした美しい扉を押した。
 前に入った時に気がつかなかったが、祭壇の上に立派な燭台があった。
「このことか?よし、持っていこう。他になにか持っていけるものはないか?」
[燭台は置き、玉石を持て]
「えっ?」
 声だ。
「どこにある?」
[正面の壁]
 たしかにそこにはてのひらに入るくらいの晶石の玉が壁に埋め込まれている。
「これか?」
[聖エトナの中心]
「何か掘るものを・・。」
 見回して何もないと見てとると、リウは燭台を手に取ってそれを壁に打ちつけ始めた。
「くそっ!固いな!」
「間に合うかな?」
「大丈夫だ。やつらは早くて午後だ。」
 カーンカーンと乾いた音が響いた。
「とれた!」
 玉石をにぎりしめるとリウはサリと小走りにあの奥の部屋に向かった。
「ラグ!」
 飛び込むと部屋の向こうはイスキニの森だった。
「よかった!」
 扉を閉める。
 まるで何もなかったかのように、鳥がさえずり、青空が広がっていた。
2006.08.23 Wednesday * 13:37 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 30:矢
 ラグが問う。
「イルはどうした?」
 リウの顔が曇った。
「酒を飲んで寝込んでしまって一緒に来れなかった。だが、エケネンたちと午後にはここへ来るだろう。」
「お前少し変わったな・・。」
「そうか?」
「エケネンの仕事を手伝っているんだろう?」
「ああ。」
「色に染まるなよ。」
「・・。」
「お前のいいところはおれに言わせりゃまっすぐに燃え上がる炎のようなところだ。お前の目に今それがない。少なくとも見えない。」
「わかってる。」
「イルが来たらもうエケネンの元にやるな。酒に溺れるこわさはおれがよく知ってる。」
「ああ。」

 リウは疲れたからだを引きずるようにしていって泉の淵にしゃがんだ。
「ララ・・。」
[どうした。]
「いろいろあった。」
[これからだろう。]
「・・ああ。そうだ。」
[疑っているのか?」
「何を?」
[最後の心だ。]
 リウはギクリとして立ち上がった。
「そうなのか?オレは・・。」
[自分の心を見ないのか?自分の心を見ないでどうやって最後の心を探せるんだ?]
「少し、疲れたんだ・・。」
[疑うから疲れる。うまくやろうとして自分を殺す。ほら。見たな。それが今のお前の心だ。]
「こんなことが続くのか?何になる?ちっぽけなオレのささいな行動で何が変わる?誰かひとりが敵なんじゃない。みんなで雪崩れ込もうとしている。あの闇へ。そうだろう?」
[闇を見なれば本当の光は見えない。]
 ララは答えた。
 リウは思い出した。
(カリフ先生・・。)
『闇をおそれて目を閉じるな。おそれているという自分を見るんだ。』
 リウはここに運んでおいた自分の弓を探し出した。
 引き絞って引いた。何度も何度も何度も。たたみかけるように何度も。
 大きな闇が目の前にひろがった。だが引いた。それでも引いた。おそれている自分を見逃さなかった。
 一瞬一瞬、目をそらし、引き下がりたくなる心が湧いた。それも見逃さなかった。そしておそれながら耐えた。一歩も引かなかった。
すると引き絞っている自分を忘れた。
 ターン!
 1本の矢がまっすぐにはるかかなたの樹木に突き立った。
 その時、遺跡の壁に穴を開けようとする大きな振動が伝わって来た。
(はっ!)
「もう来たか!」
 リウは弓と矢を背負うとラグたちに叫んだ。
「ここから出るな!イルを連れて来る。」
2006.08.24 Thursday * 13:43 | Story | comments(0) | trackbacks(0)

<< | 3/6Pages | >>