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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 11:最後の心
 久しぶりに司祭宮の授業がある。
 リウは4ヶ月前、恐くて聞けなかったことを受け止める準備ができた。
 みんな以前よりも少し大人びた目をして、司祭宮の広間に集まっていた。
 司祭の案内で、さっそく金属の扉が開かれる。
 長い長い『内なる回廊』をたどりながら、リウたちはここに再び来るまでの自分に向き合っていた。
(もう、いつ地滑りが起こってもおかしくないんだ・・。)
 清めの間にはすでにタイラオラ・オーネンがいて、両手をあげて生徒たちを迎えてくれた。
「よくきた。よくきた。さあ、ここへ。」
 また、ひとりひとりの顔を見つめながら慈愛深い笑顔を浮かべ、聖水で清めていく。
 リウの番がきた時、リウの口から思わず言葉がついて出た。
「どうすれば兄のくにに到れるんですか?」
 だが、オーネンはそれには答えず、深くうなずいた。
 すべての者の清めが終わると、無言で塔を昇り始める。
 リウは、地滑りを知る前の自分をちょっと切なく思い出しながら、ペキニの街の景色をまぶしく望んだ。
 牛牙の扉が開かれる。
 4ヶ月前よりも金色がまぶしく、虹色も鮮やかだった。透き通ることはない。
「おそらく、地滑りの前にここへ来ることはこれで最後であろう。そなたたちに言っておこう。地滑りが起こっても、まるで世界は変わらないかのように見えるだろう。ただ、兄たちが消えるだけだ。それと同じことが兄たちにも起こる。弟たちが消える。同じ世界の次元がずれてしまう。だがお互いは存在し続けている。兄は自分を空にして次元を合わせれば弟の姿は見える。だが、弟は兄にならなければそれはむつかしい。だが、色々な感覚を通して兄のメッセージを受け取るだろう。その気になるならばな。そなたは問うた。」
 そういってオーネンはリウを見た。
「どうすれば兄のくにに到れるか、と。」
「はい。」
「そなたの心の底の底の、本当の奥底の心に至った時がその時だ。」
「?」
「それを、『最後の心』という。」
「『最後の心』?」
「ひとには何万、何億の心があるという。瞬間瞬間湧き出づるそのあらゆる心の一番奥にあるすべての心を束ね、すべての心を捨ててなお最後に残るという究極の心だ。それは何にも侵されることはなく、たとえ死んでもなくならない。」
「最後の心・・。」
「それを見つけた時、奇跡は起こるであろう。それはそなたひとりのみならず、弟のくに全体の次元を引き上げることになる。ひとりでも最後の心に至るなら同胞である弟たちの心にそれは響き渡るのだ。それが本当の最後の心だ。それは地滑りのように目には見えぬ。だが、弟たちは事が起こったことを悟るであろう、兄たちの姿を目の前にして。それが、つまり、兄のくにに到るということだ。」
 生徒たちは言葉もなく静まり返った。
 オーネンの授業は終わった。最後にオーネンは子供を送りだす親のようにひとりひとりと抱擁した。
 みんなが扉を出て、最後にリウはひとり振り返って聞いた。
「カリフ先生をご存じですか?」
「ああ。」
 オーネンは微笑みながらうなずいた。
「オーネン司祭のつてでペキニに来たと聞きました。カリフ先生は本当に人をその・・。」
 オーネンはリウのそばに寄って瞳の奥を覗き込むようにして言った。
「わたしはカリフだから呼んだのだ。彼ほど先生にむいている者はいない。そうだろう?」
 リウはうなずく。
「ペキニの墓所で、カリフという名の墓に祈るカリフを見ました。あれは・・。」
「それが彼が殺めた相手だ。彼はその名を背負って生きることにした。闇を知らぬ者は光も知ることができぬ。彼の深い傷は他の者の傷を癒すであろう。」
2006.08.05 Saturday * 08:10 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 12:タリ
 帰り道、リウは言葉少なくイナとサリと歩きながら、分かれ道に来て言った。
「たとえ、分かれてもひとつなんだな。」
「ああ。」
「オレにできるだろうか?」
 イナはにこっと笑った。
「おまえならできるさ。オレはずっとそう思ってきた。だからオレはおまえを守ってきたんだ。」
 意外な言葉をきいてリウは目を丸くした。
「どういうことだ?」
「さあ、知らない。だけど、そうしなきゃと思ったんだ。おまえがもし、目の前で『永遠の光』を吹き消されそうになったらどうする?」
「防ぐ。」
「それといっしょだ。」
「・・・。」

「じゃあな。」
 と別れて、リウはひとり家路についた。
 丘をひとつ登ると眼下にリウの家が目に入ってくる。
(オレもいつもそうだった。)
 リウは意外な自分のこころを見つけた。
(オレの中の何か小さな火を消しちゃいけないと思っていつもあせっていた。そして逆にでかい炎にしてしまっていたんだ。)
(カリフ先生・・。オレは弓をやるよ。そうしたら、最後の心も見つかるかい?)
 午後の陽が陰るまで、リウは牧で弓を練習した。
 タリが機織り所からもどってきた。
 夕食のテーブルをはさんで、タリはよくしゃべった。
「今年は緑桃がよく実ったとジニが言っていた。明日持ってきてくれるだろう。黒糖に漬けて冬に備えよう。去年は足りなかったから、多めに漬けないとね。リウ、明日は角ヤギの毛を剃るから早く帰ってくるんだよ。おまえに新しい上着を織ってやるからね。」
 いつもよりよくしゃべるタリの顔をリウは見つめていた。
 ナタイモのスウプをすすりながら話に相づちを打った。母さんの得意料理だ。
 冬を一緒に過ごせないかもしれないことはふたりとも分かっていた。だからこそ、そんな話がしたかったのだ。
 寝床についてリウは灯りを消すと、天窓の星を見上げた。
 何万、何億の心が湧くとオーネンは言った。では今、頬を一筋伝うものを流すのはどういう心だ?
 だけど、時は止められないのだ。
 その奥を束ねる最後の心を探すのだ。
 やがてリウは潮が満ちるような眠りへと誘われ、その淵へとまっさかさまに落ちていった。
2006.08.06 Sunday * 10:34 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 13:その日
 夢も見ずに寝た。
 朝になって、寝床から飛び起きると、銀の角ヤギの乳を飲んで、学問所の本をつかんで家を出た。
 しばらくそこにたたずんだが、イナの家に向かった。
「イナ!」
 イナの家はしんとしていた。
 裏にまわって窓から覗いてみた。
 人の気配がない。
 リウは背中から血の気が引くような想いにとらわれたが、言い聞かせた。
(あわてるな。まだ、そうと決まったわけじゃない。)
 気持ちを奮い立たせて走った。
「サリ!」
 サリの家の扉は開いていた。
 おじさんとおばさんの姿はない。飛びつくようにサリの部屋の扉の取っ手をつかんだ。
「サリ!」
 寝床にいつものように寝坊したサリのねぼけ顔があった。
「サリ!起きろ!イナがいない!おまえの父さんと母さんは?」
「どうしたの?」
「地滑りじゃないのか!?」
「ええっ?」
「いいから、着替えろ!学問所へ行く!」
 サリはあわててズボンがはけなかった。
 リウはそれを手伝いながら、自分に言い聞かせた。
(起こってもおかしくないんだ。落ち着け。落ち着くんだ。)
 ふたりは走った。
 サリは足がもつれて2回転んだ。
 風景はちっとも変わらない。坂道の向こうに学問所の建物が見えて来た。
 生徒たちが何人か集まっていた。
「ハス先生は?カリフは?」
 先に来ていた生徒に聞いた。
 みな首を振る。たまらずに泣き始めた者もいる。
 リウはもうわかっていながらも、じっとしていられなくて学問所をくまなく歩き回った。
 サリとレモがついてくる。
 もう、どこにも行くところがなくなって、最後についに、リウは講議堂の大部屋の椅子に倒れ込むように腰を下ろした。
 サリもそばに座り込み、レモは立ち尽くしている。
 そこにいたアタが冷ややかに言った。
「あきらめがわるいよ、あんた。もう、なっちまったもんはしょうがないだろ。」
 それには答えず、リウはじっと前を見つめていた。
「どうせ先生がいないんなら、学問所に来ることもなかった。あたしは帰る。」
 アタはそういってひとり、学問所を出て行った。
 サリが聞く。
「どうする?リウ。」
 レモも不安そうに見つめている。
 リウはレモの方を振り返って聞いた。
「おまえんちはひとがいるか?」
 レモはうなずく。
「おじさんも、おばさんも、いとこのケニもか?」
 青い顔をしてうなずく。
「なら帰れ。」
 レモは首を振った。
「なんで?」
 レモは少し震えながらかすれた声でやっと言った。
「帰りたくない。」
「だから、なんで?」
「先生たちがいなくなったらまた殴られる。」
「そうなのか?」
 レモはうなずく。
「リウ、ぼくんちも誰もいないから、リウのとこ行っていい?」
 サリが心細気に言う。
「レモもかわいそうだから、一緒に行こうよ。」
 リウはしばらく返事をしなかった。
 やがて立ち上がると黙って歩き出した。
「リウ!」
 サリが呼び止める。
「リウ待ってよ!」
 肩ごしにリウは愛想なく言葉を投げてよこした。
「勝手にしな。」
 学問所をあとにしながら、リウは思っていた。
(ほんとに、兄たちはきれいさっぱり消えた・・。残ったのは弟ばかりだ・・。)
 両手から力が萎えて抜けてゆくようだった。哀しみと不安が固まりとなって詰まって胸が苦しい。
「リウ!」
 見上げるサリの顔が目に入った。リウは自分を奮い立たせるように少し笑って返した。
「なんだ?」
「だいじょうぶさ!だいじょうぶだよ。きっとやってけるよ!」
 今度はほんとに笑った。サリの根拠のない勇気づけ方が可笑しかった。
「そうだな。」
 返事した。
 立ち止まるとずいぶんうしろから遠慮がちについてくるレモに声をかけた。
「置いてくぞ!」
 レモの顔がほっとゆるんで、駆けてきた。
 学問所の道を下りながら、リウはふいにあふれくる涙をぬぐった。
(イナ。おまえはほんとにいいやつだった。おまえが兄であること、ずっと分かってた。
オレ、母さんやおまえにもう一度会いたい。カリフ先生に会いたい。待っててくれ。きっときっとそこへいくから。)
 サリとレモはリウが泣くのを初めて見た。
ふたりとも、事の大きさに言葉少なくなりながら、ただ懸命に足の速いリウについていった。
2006.08.07 Monday * 12:58 | Story | comments(7) | trackbacks(0)
* 14:街
 家にもどるとリウとサリは何をするという気にもなれず、テーブルのそばの椅子に座り込んでしまった。
 初めに動きだしたのはレモだった。瓶から水を汲み、火を起こし、気がついたら角ヤギのミルクを入れたお茶を入れていた。
 リウは少し驚いて、思わずつぶやいた。
「旨いな。」
 レモは少し恥ずかしそうに、でもほんとうにうれしそうに笑った。
「いつも入れているのか?」
「うん。台所仕事はぼくの仕事だから。でも、一度も旨いなんて言われたことないよ。」
「そうなのか?」
 リウはあたたかいお茶を飲みながら、こころが少し落ち着いてきたのを感じていた。
「学問所にはこれからは行かなくてもいいの?」
 サリが聞いてきた。
「しかたないだろう。先生がいないんだ。」
「ぼくら、どうする?」
「とにかく、食べていくために働くさ。」
 そういってリウは立ち上がった。
「レモは台所をまかせる。サリは角ヤギの世話をしてくれ。オレは街の様子を見てくる。」
 リウは戸棚の奥の小さな壷を探った。
(あった。)
 母さんが、いつも銀貨を入れておくところにそれはちゃんとあった。
「麦粉も手に入れてくる。もうなかったから。」
 そういってリウは家を出た。

 街は何も変わっていなかった。人が少ないことをのぞけば。
 麦屋に入った。人がいない。
「すみません!誰かいませんか!」
 いきなり後ろから突き飛ばされた。
「どけ!」
 ひげ面の貧相な顔の男が目をぎらぎらさせて店の中を見回すと、いきなりそこにあった麦袋をふた袋かついで機嫌の悪い顔のまま無言で店から出ていった。
 リウが何かを言う暇もなくそれに続いて4、5人の男や女が店になだれ込み、同じように麦袋をかついで足早に逃げていく。
「おい!何するんだ!」
「待て!」
 手をつかんだ女に横っつらをはたかれた。
「泥棒!」
 叫んだが無駄だった。
 気がつくとあちこちでグラスの割れる音がする。
 外に出てみると、同じように店主のいなくなった店から品物を盗んでいく人々が目に入った。なかには、店主がいる店も襲われているところもある。
(なんなんだ!ペキニの街が急に荒れ出した!)
 だが、リウも麦粉を持って帰らなければならない。
 店の奥の銀貨入れを探した。見えにくいところに置いてあったそれをやっと見つけると、それに自分の持ってきた銀貨を入れて、さらに隠した。
 そして、麦袋をひとつかつぐと駆け出した。
(地滑りってこういうことなのか!?)

 自分の家に続く坂道の途中で、リウは麦粉の重さに耐えかねて、袋を下ろすと一息ついた。
 汗をぬぐいながら、これからのことを思って心が暗くなった。
(兄が来る前のペキニに一気にもどったみたいだ。)
 担ぎ直して歩き始める。
(オレは強くならなくちゃいけない。強くならなくちゃ・・・。)
 カリフの言葉を思い出した。
『本当の強さを知った時、これも引けるようになる。』
(強くなるしかない。生き抜くために。)
 家にもどると、レモは昼食のスウプを煮ていた。サリは牧に行って角ヤギの面倒をみているようだ。
「おかえりなさい。どうしたの?」
 レモがめざとくリウの赤くなった頬を見て言った。
「なんでもない。麦をここに置くからな。ちょっと弓を引いてくる。」
 そう言って立て掛けてあった弓と矢をつかむと、家の裏手の丘を登った。そこに板で作った的を置いてある。
 最近ようやく少し弓を引くまでにはなってきたが、まだなかなか的には当たらない。
 さっき見た光景を打ち消すように、リウは何回も何回も何回も弓を引いてみた。
 まだ、弓が引き切れていないし、こころが定まっていないから、矢は的にかすりもしない。何回やったか分からない頃、サリが呼ぶ声が聞こえた。
「リウ!スウプができたよ!食べようよ!」
 リウは家にもどると少し痛みを覚える腕に気がついてさすりながら、テーブルについた。
「街はどうだった?」
 サリが無邪気に聞く。
「・・・。サリ、レモ、いいか、これからは何があってもおかしくないと思え。戸締まりはしっかりしろ。ひとりで街に行くな。」
「・・・。」
 ふたりは不安げに顔を見合わせた。
 しばらく3人とも無言でスウプをすする。
 サリが気がついたように言った。
「この緑の葉っぱはなに?」
「それは夏キリだよ。リウの家のまわりにはいっぱい生えているよ。」
「え?」
 リウは顔をあげた。
「夏も終わりかけの今頃には白い花が咲くんだ。生えている時は匂いがあるけど、煮るとしないでしょ?夏の疲れをとるんだよ。」
 レモはちょっと恥ずかしそうにでもしっかりとしゃべった。
「知らなかった。食べられるのか。」
「レモってそういうこと詳しいんだね。どうしてそんなこと知ってるの?」
「死んだおじいちゃんに教わったんだ。」
「レモはいつからケニのところに行ったんだ?」
 リウは聞いた。
「おじいちゃんが亡くなってからだから、2年かな・・。」
「ケニの家はおじさんが乱暴でおばさんもきついって評判だ。ケニはもう学問所は卒業したけど、下級生をよくいじめてた。ずいぶんいじめられたんじゃないのか?」
 レモは黙った。
 サリがなぐさめるように言った。
「ここにいればいいさ。レモ、こんなに料理がうまいなんてびっくりしたよ。ぼくうれしいな。」
 リウもレモも笑った。
2006.08.08 Tuesday * 14:02 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 15:声
 その時、戸をたたく音がした。ハッと一斉にみんな緊張した。
「誰?」サリが問うが返事がない。
 リウはふたりに目配せして部屋の隅に下がらせると、かまどの脇に置いてあったこん棒を手にして扉に近づいた。
「誰だ?」
 小窓からのぞく。
「ケニだ。レモ、寝室に隠れていろ。」
 小声でレモに告げ、隠れたのを見届けると、こん棒を後ろに隠して扉を開いた。
「なんだ?」
「よう。お前んちにうちのレモが遊びに行ってるってきいてよう。迎えにきた。」
 それには答えず、リウは言った。
「地滑りが起きたのを知っているか?」
「別に、それがどうした?目障りなヤツが減っていいじゃねえか。何も変わらねえよ。」
「どうしてレモを探しているんだ?別にかわいがっちゃいないだろう?」
「あいつがいないとめしが食えねえだろ。2年も面倒みてやってんのに恩知らずなヤツだ。なんのために引き取ってやったと思ってやがる。」
「帰れ。」
「なんだと?」
「帰れと言ってる。二度とここへ来るな。」
「何なまいき言ってやがる。つべこべ言わずにレモを出せ。」
「二度とここへ来たくなくなるようにしてやろうか?」
「なに〜!」
 ケニがリウの胸ぐらをつかもうとしたのと、リウが瞬時にケニの後ろに廻りこんでこん棒を振り下ろしたのが一緒だった。
「いてててて!」
 わざと急所をはずした。かろうじて帰れるように。
「なにしやがる!」
 頭に来たケニが逆襲しようとしたところを、今度はのどを突く一歩手前で止めた。
「帰れなくしてやってもいいんだぞ。」
 リウの凄みに気圧されて、図体の大きいケニもさすがに色を失って、腰くだけになりながら、足を引きずって離れていった。
「これで済むと思うなよ!」
 負け犬の遠ぼえを残しながら、ケニは坂を下っていった。
「リウ、すごい!これでもう来ないかな?」
 扉の陰で見ていたサリが歓声をあげた。
「さあ、そうもいかないだろうな。」
 今は準備があって、奇襲ができた。だが、次は思いやられる。
 おそるおそる顔を出したレモは顔の色を失っていた。
「リウ、ぼくここにいちゃいけないんじゃ・・。」
 リウは決意した瞳でまっすぐレモを見て言った。
「お前はここにいろ。ケニのところへなんか行かせない。オレはケニが許せない。」
 その時、持っていたこん棒が手を滑り、音を立てて落ちた。こん棒は坂を下りだした。
 追いかけようとしたリウの胸にふいに言葉が浮かんだ。
[たたけばたたきかえされる]
 ハッとして立ち止まって、リウはこん棒が転がっていくのを見送った。
(なんだ?なんだって?)
 呆然と棒を見送っているリウを不審に思いながら、サリは追いかけて拾い上げた。
「どうかした?」
「いや、なんでもない・・。」

 昨日の晩がまるでずいぶん遠い日の過去のことのようだ。ふたりが寝静まった夜更け、リウはなかなか寝つけなかった。
(たたけばたたきかえされる。そしてまたたたけばまたたたきかえされる・・。)
 寝返りを打った。
(だけど、そうでないなら、どういう道があるんだ?たたかれるのを永遠に逃げまどうのか?)
 寝台の上に起き上がった。
(そうじゃないだろう?教えてくれ。さっきの言葉は兄の言葉なんじゃないか?もしかしたら、そうでない道があって、その先に最後の心があるっていうのか?)
 天窓にこぼれる星に問うた。
 なんの言葉も降ってこなかった。
2006.08.09 Wednesday * 18:07 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 16:司祭宮
 朝が来て、昨日のことは夢であって欲しいと願いながら起き上がった。朝食を作っている気配がした。
「おはよう。」
「おはよう。」
 タリではなく、レモが朝食を並べていた。
 麦粉で手のひらくらいの大きさに薄く焼いたマムが何枚も皿の上に重ねられていた。
「お昼の分も焼いておいたよ。」
 そういってひっそり笑うレモの顔は、今までに見たことがないくらいやわらかかった。
 もしかしたら、2年ぶりによく眠れたのかもしれない。
 リウはそう思うと、胸の奥がかすかに切なく痛んだ。
 相変わらずねぼすけなサリを起こすと、テーブルを囲んだ。
「ぼく、思ったんだけどさ、司祭宮はどうなってるかな?」
 サリがマムをほおばりながら無頓着にそう言う。
 リウはハッとした。レモも気がついたように、つぶやいた。
「そっか、『永遠の光』はあそこにあるのかな?地滑りが起きても。」
「行ってみるか。」
 ふたりはそう言うリウの顔を見た。

 1日しか経っていないのに、街はどこかさびれた殺伐とした空気がただよっていた。サリとレモは敏感に感じ取って、怖がっていた。
 司祭宮の厚い扉は閉まっている。
 レモがリウの袖を引っ張った。
「たしかこっちに司祭宮の下働きの人の出入りする小さな扉があったよ。」
 細い路地に入って司祭宮の建物を回り込むと、なるほど、確かに小さな扉がある。
「なんで知っているんだ?」
「お使いで市場に来た時にここに人が出入りするのを見たんだ。」
「開いた。」
「入れる?」
「入れるぞ。」
 中の気配が少し違う。人が踏み荒らした跡がある。気がつけば、この小さな扉の鍵も壊されていた。
「もう、ここにも人が踏み込んでる。気をつけろ。」
 中庭に酒瓶が転がっていた。誰かがここで酒盛りをしたようだ。
 内なる回廊の扉にたどりつくと、押した。
大きな錠前がかかってびくともしない。さすがにここにはまだ人は入り込めないようだ。
「塔には行けないのかな?」
「鍵を探せばいい。どこかにあるハズだ。」
 いつもなら司祭に制止されて入れない司祭宮の奥の扉を次々に開けていった。控えの間、書物庫、台所、執務室・・。
「ないな。」
「あるとしたら司祭の間だよ。いつも司祭が持ってるんだから。」
「あっちの奥じゃないか?まだ見てない。」
「ここだ、他と違う。立派な扉だ。」
 昼だというのにその部屋の中は暗かった。
「灯りが欲しいな。」
「気をつけろ。」
「わっ!」
 サリが何かにつまずいて転んだ。
「誰だ!」
 しわがれた低い声が響いた。
「イル!扉を閉めろ!」
 入ってきた扉が閉まる音がして、燭台に灯が灯された。
 3人の目の前にあから顔の白髪頭と、若いのに白髪のひょろ長い男が浮かび上がった。
「盗人か?子供じゃねえか。」
「ぼくたち泥棒じゃありません!永遠の光が無事かどうか見に来ただけです!」
 サリが叫んだ。
「どうだか。地滑りが起きりゃ、なんでもありよ。オーネン様がいなくなっちまえば、ここは廃虚さ。」
「あんたここの人?」
 リウはあから顔の男に聞いた。
「ここもしまいよ。俺らはもうおさらばしようと思ってるところよ。」
 リウはめざとく床に散らばった薬瓶を見てとった。
「レモ!中庭でアカシの根を抜いてこい!」
 そう叫ぶと扉に体当たりしてレモを突き飛ばすように外に出した。
「何しやがる!じっとしてねえか!」
 そういってつかみかかろうとするが、力が抜けてあから顔の男は座り込んでしまった。
「父さん!」
 イルと呼ばれた男は、父親を支えようとしたが、自分も倒れこんでしまった。

 白髪頭の親子は大きないびきを立てて眠っている。
「大丈夫なの?」
 サリが不安そうに聞いた。
「アカシの根は毒消しだ。さっき吐いたから大丈夫だ。」
「死のうとしてたね。」
 レモが真面目な顔をしてつぶやいた。
「地滑りはいろんなことが起こる。絶望して死にたくなるものもいるんだ。」
「どうする?」
「ほっておくわけにもいかないだろう。しばらくいるさ。」
 3人は持って来たマムを黙々と頬張った。
2006.08.10 Thursday * 12:42 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 17:親子
 陽も傾きかけて、若い方の白髪頭が目を覚ました。
「頭が痛い・・。」
「まだ毒が残ってるんだ。だけどあらかた吐いたから大丈夫さ。どうして死のうとしたんだ?」
 リウたち3人に気がつくと、イルはため息をついた。
「父さんを独りで死なせたくなかったんだ。」
「父さんの方はなんで死のうとしたんだ?」
「街を見たか?」
 3人はうなずいた。
「父さんは絶望したんだ。元々飲んだくれでどうしようもない親父だったけれど、オーネン司祭に拾われてここで働いて、やっと立ち直ったところだった。その唯一の突っかえ棒がとっぱらわれちまったんだ。」
「『永遠の光』はここにあるのか?」
 リウは聞いた。
「さあな。」
「見てないのか?」
「塔に昇ってない。」
「なんだ。じゃ、簡単に絶望するな。」
 そう言って立ち上がると、イルの目をまっすぐ見て尋ねた。
「鍵のありかを教えてくれ。『永遠の光』を確かめてくる。」
「だめさ。」
「なぜ?」
「鍵はあっても、最後の扉は言霊(ことだま)がなければ入れない。」
 リウはオーネンが牛牙の扉の前で何かを唱えていたのを思い出した。ため息をつくと、しかたなくひざを折って座り直した。
「光が変わらず、あると思うのか?」
 イルが聞き返して来た。
「わからない。」
「あったとしてもどうだっていうんだ。状況は変わらないぜ。」
「地滑りが起きても変わらないものを確かめたかったんだ。でなければどうやってこれを超えてゆけっていうんだ。」
 少し、語気が荒くなった。
 父親の方が息を吹き返した。
「父さん!」
「イル・・ここはどこだ?オレたちは死んだのか?」
「生きてるよ。起きてくれ。」
「なんだ、生きているのか・・。」
 イルがリウを見た。
「オレはリウだ。こっちはレモ。そっちはサリだ。」
「リウたちが助けてくれた。大丈夫か?」
「よけいなことを・・。」
「オーネン司祭のそばにずっといたのに、どうして死のうなんて思うの?司祭に怒られるよ。」
 サリが言った。
「ちび野郎。黙れ。」
「ちびじゃないよ。サリだよ。」
 レモがあたたかいお茶を入れて来た。ゆっくりとふたりの口に流し込む。
 あから顔の親父の目から涙がひとすじ伝った。
 その晩は司祭宮に泊まった。講議台を運んで鍵の壊れた扉の前に置き、開かないようにした。
 夜の中庭を見つめながら、リウはやはり眠れなかった。月の光が差し込む庭は相変わらず美しかった。
「眠れないのか?」
 イルが声をかけてきた。
「もういいのか?」
「ああ。」
 そう言ってイルは中庭を取り囲む柱にもたれた。
「ひとつ、言い忘れたことがあった。」
「なんだ?」
「塔には昇ってないが、泉には降りた。」
「清めの間か?」
「泉は変わってない。」
 それだけ言って、リウに鍵を手渡すと、イルは父のいる部屋へともどっていった。
 不器用な親子のせいいっぱいの礼の気持ちなのだと、リウには分かった。
2006.08.11 Friday * 13:03 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 18:内なる回廊
 鍵を手にしてリウはしばらく躊躇したが、満月に近い月をもう一度見上げて意を決すると、内なる回廊の扉の前に立った。
 鍵を差し込む音が響く。重い音を立てて扉は開いた。真っ暗闇が広がる。
 一瞬夜空の中に放り出されたような頼りない感じがして、引き下がりたかったが、振り切った。
 たったひとりでこの闇の中を行くのは初めてだ。ひとりなのに誰かがいるような気もして時々背筋が寒くなる。
 ぼうっと浮かび上がる白い柱を頼りに、下り坂を進んでいく。行けども行けどもたどりつけないような気がしてきて、恐怖感は増してきた。そこへ、頬をかすめて黒い固まりが突進してくる。
「うわあっ!」
 羽ばたき音が聞こえて、暗闇に棲む夜鳥であることがわかった。
 だが、あまりにも驚いたので前にも後ろにも進めず、固まってしまった。息が荒い。心臓の鼓動が壁まで響くようだ。
 自分がこんなにも気が弱いということを初めて経験していた。
(もう進めない!)
[だいじょうぶ]
(!)
 また、『あれ』だ。かすかに、でもたしかに聞こえた。
(だいじょうぶだって?)
 応答はない。
(行ける?行けるってことだな?だいじょうぶなんだ。だいじょうぶだ。)
 足が動いた。息が落ち着いてきた。
「ひとりじゃない。ひとりじゃないんだ・・。」
 つぶやいて冷や汗をかきながら、そろそろと進んだ。
 以前灯が点されていたところに灯はなかった。真っ暗な闇が底なしに口を開けているようなはしごのところに来た。
[その先の光]
 恐怖に吸い込まれそうになるリウのこころを導くように、その言葉が響く。
「闇の先の光・・闇の先の光・・」
 呪文のように唱えながら、足で一段ずつ探ってしがみつくように降りた。灯りもないのでほんとうに奈落の底へ降りてゆくようだ。足を踏み外せばまっさかさまだ。
 何度同じ作業を繰返したか分からなくなった頃、とんと足先が地面に着いた。
「着いた!」
 全身で金属の扉を圧した。
 真夜中なのに神々しい光がもれた。
 闇に慣れた目はしばらく開くことができなかった。
 うっすらと開いた目に飛び込んできたのは、以前と変わらない美しい丸天井、澄み切った聖水。
 リウの目に涙がにじんだ。
 聖水に手を浸し、涙に濡れた顔を洗った。

 翌朝、あから顔のラグはみんなのために司祭宮の台所で金精鳥の卵を茹でてくれた。
 そして、リウに言った。
「言霊は最後の心を知る者が唱えるだろうとオーネン様は言っておられた。とすれば『永遠の光』は今もあそこにあるのかもしれねえな。考えてみればそいつが現われるなら、この世は捨てたもんじゃないってことよ。あんたが永遠の光を見たいって言ったとイルに聞いて、思い出したぜ。」
「そいつって、あんたかもしれないよ。」
 リウはそう言って、ラグを笑わせた。

 ふたりが回復したことを見届けると、3人は家へもどることにした。
「『永遠の光』は見れなかったけど、行ってよかったね。ぼくらが行かなかったら、ラグもイルも死んじゃうところだった。」
 サリが言った。
 リウもうなずきながら、あの『内なる回廊』を思い出していた。
([だいじょうぶ]、だ。やっていくさ。イナ、もしかしたら、おまえか・・?)
2006.08.12 Saturday * 08:05 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 19:エカ
 その朝、目覚めるとイナは胸騒ぎがした。
 朝食もとらずに家を飛び出した。
「リウ!」
 リウの家に着くと、静かな家の中に、いつもなら機織り所に行っているはずのタリが座り込んでいるのが目に飛び込んで来た。
「リウは?」
 タリは首を振った。
「来たのか!地滑りか!」
 タリはうなずく。
 司祭宮へ走った。とにかくじっとしていられなかった。
 街は人が少なかった。
 イナは司祭宮へ駆け込むと、司祭を見つけて頼んだ。
「オーネン司祭に会わせてください。お願いです。」
 だが、司祭はすまなそうに首を振った。
「今、そういう者が殺到しておる。すぐには無理だ。」
「なんとかなりませんか?」
 司祭は足早に奥へと去ってしまった。
 もうひとり通りかかった司祭をつかまえてみるが、やはりとりつくしまもない。
 じりじりとしていてもたってもいられない様子をマントを羽織った黒髪のひとりの少女が見ていた。
 イナと同じくらいの年頃のその少女は、静かにそばに寄ってきて、小さいが落ち着いた声でイナに声をかけた。
「わたしはこれからオーネン司祭にお会いすることになっていますが、一緒に来ますか?」
 イナの顔はぱっと輝いた。
「ぜひ!お願いします!」
「わたしの名はエカといいます。」
「イナです。見かけないお顔ですが?」
「聖エトナの遺跡から来ました。」
「遺跡守なのですか?」
「はい。」
 遺跡を守る女性は代々つづく家柄で、街にやってくることはめったにない。
「やはり、地滑りのことで?」
「ええ。お召しにより。」
 また別の司祭がやってきて、エカを案内した。イナも続く。
「お身内が滑られましたか?」
「ええ。いとこなのですが・・。わかってはいたけれど、じっとしていられない。」
 エカはうなずいた。
『内なる回廊』を巡り、『清めの間』に出た。オーネンが待っていた。
「よくきた。エカ。そなたは・・、」
「イナです。」
 オーネンはうなずくと、
「リウのことだな。」
 と応えた。
 自分たちのことを覚えていてくれたことにイナは驚いた。
「それでエカを呼んだのだ。」
 エカとイナは同時に小さく声をあげた。
「えっ?」
「偶然に会ったと思うか、まあいい。今、聞いたな、エカ。」
「はい。」
「そなたのたましいの双子のことだ。」
「リウですね。」
「見えたか?」
「はい。」
「どういうことですか?」
 イナは面喰らって問うた。
「エカは血はつながっておらぬが、リウとたましいの縁を持っておる。リウに会った時にわたしにはすぐ分かった。エカと地続きであるということは、リウには務めがある。エカにはそれを見守ってもらう。そして、それをイナ、そなたにも見守ってもらいたい。」
「もちろん!喜んで!」
2006.08.13 Sunday * 08:26 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 20:エケネン
 リウたちは坂道を上ってリウの家にたどりついた。だが、家の様子がおかしいのに気がついた。
「扉が壊されてるよ!」
 駆け込むと、家の中は荒らされていた。
「ケニが来たのかな?」
「いや、誰が来てもおかしくないんだ。」
 そういいながら、リウは銀貨の入った壷を探したがなかった。手に入れたばかりの麦粉もなかった。
 舌打ちしたが、すぐに切り替えてふたりに言った。
「いつまた襲ってくるかわからない。持っていけるものは持って、家を出よう。」
 リウは寒さしのぎのマントと、弓を持った。サリは毛布とわずかに残ったチーズなどの食料を。レモは持っていけそうな小ぶりの鍋を手にした。
「どこに行くの?」
「ひとまず司祭宮のイルたちのところだ。」
「角ヤギは?」
「しかたがない、柵を開けてみんな放していこう。」
 思ったより事態は早かったな、そうリウは思いながら、坂の途中で振り返った。父さんと母さんと暮らした家と別れることになった。 
 もう、もどれないかもしれない、と思った。とにかく、前へ進むしかない。
 陽が高くなると、街は騒がしさを増していた。足の遅いサリやレモを待ちながら、路地から路地へ、走った。
 ガチャーンとグラスの割れる音がすぐそばで響いた。
 何人かが織物屋の窓を割って品物を盗もうとしている。
「リサイ!」
 リウは目を止めて思わず叫んだ。
 ここの店では母さんが作った織物も売られている。
「何してるんだ!」
「リウか。ここの店主がいなくなったんで、替わりに売りさばいてやろうとしてるんだよ。」
「やめろ!それは盗みだぞ!」
「今、この街には何をしようが止めるものはねえんだよ。」
「カリフに恥ずかしくないのか?」
「・・・。」
 リサイは一瞬黙ったが、投げ捨てるように言った。
「カリフだっていなくなっちまったじゃねえか!いなくなっちまうやつのことなんか知るか!」
「いなくなったワケじゃない!おまえは聞こえないのか?」
 そう言ってリウはリサイの腕をつかんだ。
「何が?」
 そう言われてリウは答えに窮し、眉を寄せるとつかんだ腕を離した。
「リサイ、済んだか?」
 太い声がした。.
 振り返ると、黒髪のひげ面の大きな男が音もなく後ろに立っていた。
 目が鋭く、とてつもなく暗くぞっとする。
「すみません、今やりますんで。」
 急にリサイの態度が変わった。この男の下にいることが分かった。
「あんた、誰?」
「失礼な口、きくな!この街はこの人が牛耳るんだからな。覚えとけ、エケネンの名を忘れるな!」
 リサイが小声で口走ってリウを突き飛ばした。
(エケネン・・。)
 その名を刻むと身をひるがえし、リウは路地で心配そうに見守るサリとレモのところへ走った。
「行くぞ!」
2006.08.14 Monday * 09:16 | Story | comments(0) | trackbacks(0)

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