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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 5:闇
 翌日はリウがイナの家に迎えにいった。
 叔母さんが出て来てカラカラ笑いながら告げた。
「イナもやるもんねえ。見直したよ。今日はまだ行けないけど、心配しなくていい。それよりリウ、リサイには気をつけな。裏から行くといい。」
「ああ、分かった。イナによろしく。」
 サリを連れて学問所に行く裏道を通った。
薮をかき分けて行くので、さすがにリサイたちもこの道は知らないはずだ。
 近道でもあるので、早く着いた。
 広場にカリフがいた。白い弓を引いていた。矢は、弧を描いて庭のトウジクの実に命中し、それを落とした。
 それは美しい絵を見るようで、どこにもよけいな力はなく息を飲んだ。
「カリフ先生!」
 サリが呼んで、カリフはこちらを見た。にこにこしながら、リウたちのそばに寄ってきた。
「早いな。」
「とてもきれいだった!」
 サリもにこにこして言った。
「そうかい?」
「どうして力がこもってないように見えるんだろう?」
「そうだな。自分の力から離れようとしているからかな?」
「?」
「自分がやろうとしてもだめなんだ。意志の力は要るにしても。今日はそのあたりのことを話そうか。」
 今日の一番の授業はカリフの弓だった。
 みんなの瞳が輝いてきているのを感じて、カリフは目を細めてうなずくと始めた。
「弓は誰が引く?」
「自分・・。」
 答えた生徒にうなずくとさらに言った。
「実は自分であって自分じゃない。もちろん弓を引くことを選んで、内側のかっとうと向き合うのは自分だ。だけど、最後には引かされる。」
「えっ?」
「自分の弓を邪魔するまぎれもない自分にちゃんと向き合って、さらにそれに捕われないことを選ぶ時、それはやってくる。」
 みんなは息をころした。
「引かされるんだ。引くんじゃない。だが、まずは自分に向き合うことから始めなくちゃならない。やってみよう。」
 みんなはまだ、引く形もままならぬ段階だった。けれども弓というものの不可解さに、すでにみんな引き込まれていた。
 生活するための技術や知恵、自分たちの街の歴史や決まりごとを今まで学んで来た。
 けれども、自分に向き合うだの、自分じゃないってことだのは初めての経験だった。
「リウ、そうじゃない。力まかせにやっても弓は開かない。今、弓にいうことをきかせようとしている自分を見なさい。それでは弓の協力は得られない。」
 そんな発想は今までなかった。こぶしで乗り越えてきたリウは、他の小さな生徒よりも七転八倒していた。
 対照的にサリは、自分の身の丈にあった弓を軽々と引いていた。まだ、焦点を合わす落ち着きはないが、誰よりも早く弓とともだちになったのは、サリだった。
「いいかい?どんなに強そうに見えても、正しそうに見えても、自分だけがそうだと言い張るなら、それだけで正しくないんだ。こころの中を見てごらん。言葉にしなくてもそんなこころでいるなら、世界の協力は得られない。弓から矢がはなたれて、的に当たるというのは、世界のすべての協力を仰ぐということといっしょなんだよ。自分がやっていると思うのは錯覚だ。だから、こころを見つめることが弓を引くということなんだ。」

 授業が終わって、リウはみんなが建物に入ってしまってもそこに残っていた。それに気づいたカリフは話しかけた。
「むつかしかったかい?」
「どうやったらカリフ先生みたいに弓ができるようになるんですか?」
 慣れない敬語を使っていることがありありと伝わるぎごちない話し方に、カリフはそっと笑んだ。
「すぐにはできないさ。けれども自分の闇をたくさん見るものには弓はやさしい。」
「カリフ先生に闇なんてありますか?」
 カリフはリウの肩に手を置いて座らせると、笑わずに言った。
「わたしは人を殺してしまったことがある。自らも死にそうになったこともある。わたしのからだは見た目よりもぼろぼろだ。ひとや世の中を恨みもした。だからこそ言うんだ。自分の闇を見なければほんとうの光も見ることができない。」
 リウは言葉が出なかった。カリフはまるで光り輝く太陽のようだと思っていたから。
 少し笑むと、カリフは続けた。
「何もそういう体験をしなければ闇をみることができないというんじゃない。わたしはリウの中にわたしと同じ闇を見た。けれど、それこそが矢を遠くまっすぐに放つ力の源なんだ。自分の中の闇をおそれて目を閉じるな。おそれているという自分をしっかり見るんだ。」
 そういって微笑むと、カリフは弓を持って講議堂の方へと向かっていった。
 リウはしばらくその場に座り込んでいた。
(人を殺したことがある。)
 リウは一点の曇りもないように見えるカリフが、なんのちゅうちょもなくそのことを自分に話したことを受け止めようとしていた。
 どれだけのこころのかっとうをくぐればカリフのように笑えるのだろう?
 リウは、自分の中に封印してきた記憶が蘇ってくるのを感じていた。
 すべては自分のこの闇と炎によるものだった。
(父さんを死なせたのはオレだ。)
2006.07.30 Sunday * 23:13 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
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