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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 48:希望
「カリフは?」
「寝室にいるわ。」
 イリュが亡くなってから、カリフはそのまま遺跡に留まった。
 咳をよくし、座っていることが多くなった。
 イナは心配した。
「最近は竜笛も吹かなくなった。具合が悪そうだ。だいじょうぶなんだろうか?」
 エカはカリフの部屋へ水を運んでいこうとしながら憂いを含んだ顔をした。
「ずいぶん無理を重ねてきたようだから・・。」
 エカとイナはカリフが眠っている枕辺に立った。
 カリフが寝返りを打って目を開け、微笑んだ。
「エカ・・イナ・・。」
「先生、だいじょうぶですか?」
「ああ。手を貸してくれ。」
 カリフはそう言ってイナに助けられながら寝台の上に起き上がった。
 エカが差し出した水を飲むと、透き通った遠い目をして深い息をひとつ吐いた。
「イナ・・。」
「はい。」
「もしも、わたしがその日に間に合わなくなったら、リウに伝えて欲しいことがある。」
「・・先生・・。」
「・・ありがとう、と。・・絶望の元だった自分を受け入れて逃げまいとしている。自分のこころの中の剣が違う意味を持つことを知ろうとしている。」
「・・・。」
「イナ、きみにも伝えるよ。絶望に立ち向かうための武器はなんだと思う?」
「武器・・があるんですか?それはなんですか?」
「・・『希望』だよ。」
「希望?でも・・。希望がないから絶望なんじゃないですか?絶望している人間にどうやってそれを見つけろっていうんですか?それが武器だっていうんですか?」
「たったひとつの武器だ。剣にも弓にもかなわない。」
「でも・・。」
 イナは世界の絶望を背負うような顏をした。
 カリフはやさしく笑った。そして上を見て言った。
「ごらん。」
 寝室から望める明かり取りの穴から真っ青な空がのぞいていた。
「あの空のうつくしさをけっしてぼんやりと感じないようにするんだ。あのうつくしさとそれに感動する心はどんな闇にも消すことの出来ない光だ。この記憶は記録され、永遠に消えることはないんだ。なにがあろうと・・・。」
「なにがあろうと・・。」
 カリフはイナとエカに微笑みかけた。
「そもそもひとりひとりがどうしてここにいると思う?」
「どうして?理由なんて考えたことはないです。」
「目的地ははるかだが、目的は目的地に着くことよりもこの道をたどることだ。」
「この道?争いの悲惨さや病気の苦しみや、物や心の飢えや貧しさを体験することが目的だっていうんですか?」
「人をかわいそうにというのはおかどちがいだ。ひどい人間がいて、自分とは違うと思うのもそうだ。ひどい人間とはかつてのきみであり、かわいそうに見えるのは未来のきみかもしれない。きみ自身。いつかのきみ以外の何者でもない。人を自分の下におくのはきみ自身を下におくことになる。目的を言ったね。」
「はい。」
「この道をたどるというのはただ流されるという意味じゃない。流されるにしても恐怖を抱いてというよりは、自由意志を抱いて流されるということだ。絶望に流されることも希望を抱くことも選べるんだ。」
 カリフはそういって力を抜くと寝台の背もたれに静かにもたれた。
「肉体が滅ぶときに、倒れた土の上で、その土のふくいくたる香りをかいで死ねれば生まれたかいはある・・。とらわれの身となり自由を失っても、鉄格子の窓からそよ吹く極上の風を、その頬に感じる自由があることに気づけばその人生の意味はある。・・体験とはそういうことだ。どんな状況でもいかにこの星のうつくしさ、ここで生きた喜びを見つけることができるかっていうことなんだ。それは一瞬でかまわない。一瞬が永遠であることを気がつかない人間も多いが、それは自らが気づかなければもちろん味わえない。目に見える不幸は囚われるためにあるんじゃないんだよ。」
 そしてカリフは瞳に力を込めて手を伸ばすと、イナの肩に触れた。
「でもとなりの人間のささやかな行動によっておのずと目がひらかれることもある。この世界のうつくしさっていうのはそれでもあるんだ。人や自分の行いの中にもそれを発見するということもわたしたちの目的なんだ。」
 イナは注意深く深まっていた。
「でもどうしてこうも人は恐怖にとらわれてしまうんですか?人生に感じる恐怖や不安のあまり人はおかしくなって人に対して残虐になるんじゃないですか?」
「ああ。たぶん、傷つく危険を避ける目的のために恐怖は本能として備えられたんだろうね。それが働き過ぎているともいえるが、それはわたしたちに感動という本能も備えた者の“さじ加減”ともいえると思うよ。深い感動は深い闇をくぐってこそ生まれたりもするからね。そういった感動を味わうために生まれたとも言えるさ。」
 イナとエカは静かにカリフの言葉をかみしめた。
「みんなそれぞれの絶望を分担されている。この星にわたしたちが生まれた時からの歴史ある絶望を、みんなで分担しているんだ。絶望のない人間はいない。それを見ぬふりをしている者はいるとしても。中途半端に絶望から目をそむけると、それを人のせい、なにかのせいにする。そして敵をつくり、戦う。そうやって自分の人生から逃げる。自分の分担を自分で引き受けないんだ。」
「敵をつくって戦うことは自分の人生から逃げるってことなんですか?」
 カリフはうなずく。
「敵はどこにもいない。それぞれの心の中にしか。その心の砦から出るには勇気はもちろん要る。だが、それをしにここへ来ているのだと思ってごらん。それがわたしたちの仕事なんだ。みな、敵どころか同じ仕事をしに来ている同志だ。絶望を希望に変えるためにすべてがあるだけだ。絶望というてこがないならどうやって希望に転換できる?絶望こそが“ほんとうの希望”の手がかりなんだ。忌み嫌うものではけしてない。どんなに逃げたくとも、理不尽に見えようとも、しっかりと向き合うためのものだ。それがわたしたちを遣わした者の意志でもある。世界が始まった理由(わけ)でもある。わたしたちはそのために生まれ、生かされている。大いなる意志とわたしたちの意志が重なるなら現実の大きな希望を生むことができる。そうするかどうかというだけなんだ。ほんとうは絶望の意味こそが希望そのものなんだよ。」
 カリフはそう言って瞳を閉じると、大きく息を吸ってそしてゆっくりと吐いた。
「わたしたちはわたしたちを遣わした者がそこここにちりばめた足跡を辿ってそれでやっと歩いてこれた。だが、絶望する時、こう嘆くんだ。どうしてあなたは一番つらい時にいないのですか?と。その時遣わした者がもし語るならこう言うだろう。[わたしの足跡を見失ったわけを教えよう。その時わたしはあなたを背負っていた。]・・底知れぬ支えがあることを忘れてはならないんだ。自分の使命を背負うと決めるとき、このことは深く、こころに感じることになるだろう。」
 神妙にイナは聞いていた。そして誠実に問うた。
「でもそれを思えず自分たちの意志で限りなく絶望を作っていることも多いんじゃないですか?」
「もちろんそうさ。自分でもつくり出し、上乗せしている。この膨大な量はまるで海のようだ。だけど・・。」
 カリフは少し咳き込んだ。
 しばらくして落ち着くと、続けた。
「・・海の水もひたすら汲み出せばやがてその底に眠る玉石を拾うことができる。」
 イナの方が身を乗り出した。
「いったいどうすればいいんですか?」
「たとえ傷ついたとしても、良心に従ってひとつひとつのことをするってことさ。」
「良心?もしかしてそれは最後の心ですか?」
 それには答えずにカリフは続けた。
「外にあるものはうつろっていく。常識や法律なんかじゃない。上っ面の“良心のようなもの”、でもない。自分の絶望の底の底にある一番深いところの声をきくんだ。古代から未来永劫びくともしない深い良心がそこに眠っている。それはありとあらゆる存在の根っこに共通のものだ。どんな悪党でさえそれがなければまず、細胞がつながりあうことすらできない。バラバラになってしまう。存在すること自体、それの力だ。原子と原子を結び合うもの、細胞と細胞をつなぎとめるものなんだ。だから人がいる限りそれはあるんだ。たとえ何かに虐げられて、まるでないかのように見えたとしても。」
 そして言葉を継いだ。
「だれでもない、醜いといわれる人間が醜さにもがきつつ持とうとする真心こそが世界を浄化する。・・いのちをみくびっちゃいけない。」
 カリフは顏を上げてイナとエカを見た。果てしない瞳だった。
「わたしが絶望の底で拾ったのはその良心への希望だ。だから大時化のうねりに巻き込まれるくらいで簡単に絶望にすべてを流されちゃいけない。その底にいつも静かに、希望があるんだから。」
 イナはカリフがいかに絶望してきたかを知った。
「希望が絶望の手綱をとるんだ。」
2006.09.12 Tuesday * 15:32 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
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