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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 2:地滑り
 午後も遅くなって家にもどってきた。
 機織り所から母のタリはもう帰っていて、リウを見るなり言った。
「どこ行ってたの?イナが心配して様子を見に来たわよ。司祭宮からひとりでどこかへ行っちゃったって。」
「森に行ってた。角ヤギの乳はこれからしぼる。」
「それはもう母さんがしたから、井戸から水を汲んで来て。」
 家の裏の丘をまわったところに井戸がある。陽が傾きかけてきて、丘の上に一番星が輝き出した。
 井戸の底めがけて桶を投げ込んだ。そして桶につながれた縄を引いた。
(母さんには心配かけたくない・・。)
 リウの母は父が亡くなってからひとりでリウを育ててくれた。悪さするたびに呼び出され、頭を下げ続けてくれた。
 それでもリウは自分の中の何かが時折激しく燃え盛り、歯止めが効かなくなる。
(オーネン司祭が言った炎ってそのことだろうか・・。それは兄の民にはないものだ。だから滑り落ちる。)
 桶を担ぎながら、リウはなおも思った。
(滑り落ちるとどうなるんだ?それにオレはたぶん弟なのに、一緒に落ちる弟を支えて兄のくにに到るってどういうことなんだ?)
 うちにもどるとイナが来ていた。
 タリは言った。
「ふたりとも、夕飯よ。イナ、食べていくわね?」
 テーブルには角ヤギのチーズで煮込んだ夏陽豆と、こがしマム、発酵酒が並んでいた。
「リウ、だいじょうぶか?」
「なにが?」
「なんだかいつもと違ったから。」
「平気さ。」
 そういってリウはにこっと笑む。
 イナは腑に落ちぬ顔をした。
「今日、司祭が言ったろう?地滑りが起きるって。おばさんは知っている?」
「夏至祭がもうすぐだからね。そう、聞いたの。」
「それ、なに?」
「それはもう、何万年も前から決まっているサイクルで、この世界の営みなんだと聞いたわ。世界はらせんに上昇して進化しているの。それは聞いた?」
「いえ・・。」
「その行程で、少しずつたまった滞りやゆがみはやがて膨大になり、ピン!とバネがもどるような揺りもどしがくるの。それが地滑り。一度目盛りがもどって新たに始まるのよ。新しい進化の段階に入る。その時、一度両極があらわになり、混ざっていた兄と弟が離され、弟が進化するのを兄は待つことになる。弟は本当の苦労を味わうことになるけれど、そのおかげでピュアに進化の列に入ることができるようになるのよ。」
「滑るものと滑らぬものに分かれるの?」
「分かれてもひとつなのよ。」
「?」
「兄は手出しできないけれど、いつも弟のことを感じて兄のくにで生きる。弟も感じようと思いさえすればそうできる。」
 そこでリウは言った。
「オレは滑るそうだ。」
 タリはリウの顔をひたと見た。
「タイラオラ・オーネンが言ったの?」
 リウはうなずいた。
 タリは立ち上がるとリウのそばにいってリウを抱き締めた。
「おまえの炎が強ければ強いほど、他の弟を助けることになる。おまえはそれを望むがゆえにそれだけ激しいのよ。」
 抱かれながら、リウの瞳は涼しかった。
 イナはそんなリウの瞳は見たことがない、と思った。

「じゃあ。」
 イナが戸口の外に出て言った。
「じゃ。」
 リウが答えた。
 行きかけて、イナは立ち止まった。そして振り返ってリウの顔を見て言った。
「どうしてそんな目をしている?」
「え?」
「受け入れた目だ。そんなことはいままでなかったろう?」
「・・・。見られたんだ。」
「え?」
「オレのこころを。そのおかげで、はじめて見たんだ。」
「なにを?」
「オレのこころだ。」
「誰が見たんだ?」
「ララ。」
「誰だそれ?」
「魚だ。イスキニの森の。」
「?」
「聞かないのか?」
「オレはリウのこころが平和になってくれさえすれば、リウのともだちが誰だろうがかまわないさ。」
 リウは柄になく少したじろいだ。イナはそこまで思ってくれているのか?
「イナ。」
「なんだ。」
「おまえはオレの兄だな。」
 イナは笑った。そしてリウをこづいた。
「ああ、そうさ。おまえがどこにいようとオレは待ってるよ。」
 そういってイナは帰っていった。
2006.07.26 Wednesday * 12:43 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
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