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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 10:レモ
 祭りの日から三月(みつき)。
 一見平穏な日々が過ぎていく。こういう日々が続くと、まるで、地滑りなんかないかのようだ。
 あれからカリフもまったく何もなかったかのように明るい笑顔を絶やさない。
 けれどもリウのこころの中からはあの日のカリフの顔が消えなかった。
 
 学問所には8歳から18歳まで様々な年齢の生徒がいて一緒に学んでいる。
 下級生のひとりにレモという子がいた。レモは両親がおらず、親戚の家から学問所に通っていた。
 愛情に飢えているのか、気に入らないことがあるとよく自分の腕を自分で傷つけることがあった。
 リウは人を傷つける方にそのはけ口を求めたが、レモの気持ちもわからないでもなかった。外に向かうか内に向かうかの違いなのだ。
 だがリウは、レモに近づくでもなく、相変わらず誰に対しても距離を置いていた。
 その日レモは朝から顔色が悪かった。
 ハス先生の授業にレモがいないのに気がついたのはサリだった。
「先生、レモがいない。」
 歴史の本を閉じると、ハス先生は額にしわを寄せた。
「朝はいたろう、誰か知らないか?」
「具合でも悪いんじゃないか?ちょっと変だったよ。」
 そういう者がいて、部屋がざわついた。
「イナ、すまないがちょっとあたりを探してきてくれないか?」
 うなずくとイナはすぐさま小走りに扉から出ていった。
 広場を横切るイナを、弓の授業をしていたカリフが呼び止めた。
「どうしたんだ?」
「レモがいないんです。朝から顔色が悪かった。心配です。」
「そうか、わたしも行こう。みんなは練習していてくれ。矢はつがえるなよ。」
 カリフは弓を持ったまま、矢を拾い、イナの後を追った。
「学問所にはいないのか?」
「はい。もしかしたら、森かと思って。」
 裏手の森は案外深い。小さな子はひとりで入れば迷うこともある。
「レモー!」
 イナは叫びながら走った。いやな予感がしていた。こうして走ったことが前にもある。
リウの名を呼びながら。
 森の奥には滝がある。大きくはないが、深みもある。
「みんなで探した方がいいかもしれない。イナ、ハス先生と上級生を呼んでこい。」
 カリフが言った時、イナが叫んだ。
「あそこ!先生!レモが!」
 カリフの動きは早かった。
 持っていた弓を引き絞ると、レモめがけて放った。まだ遠く、走っても間に合わなかった。
 ピーンと弾ける金属音がして、レモが持っていたナイフははじき飛ばされた。
 はっとこちらを見るレモ。
 一瞬なにが起こったかわからなかったようだ。レモは今、ナイフで自分ののどを突こうとしていたのだった。
 火がついたように泣き出した。
 カリフとイナは全速力で駆け寄った。
 カリフは弓を放り投げ、レモを抱き締めた。
 イナはそのそばで息をはずませた。そして安堵のため息をもらした。
 カリフは何も言わずに抱き締め続けた。レモは張り詰めた糸が切れたように泣き続けている。森にその声がこだました。
 イナはただ、カリフに抱き締められているレモを見下ろしている。
 しばらくたって、
「だいじょうぶだ。もうだいじょうぶだ。イナ、ハス先生に見つかったと知らせてこい。」
 とても静かに、穏やかな口調でカリフは言った。
 もどろうとして振り返ったイナの目に、ハス先生やみんながやってくる姿が映った。
「みんなが探すといって授業にならなかったよ。レモ、レモ、だいじょうぶか?」
 太っていてあまり早く走れないハス先生は、大粒の汗をかきながらやってきた。
 そのあとから、何人かの生徒が連れ立って来ており、リウとサリもいた。
 リウは3人のそばまで来ると、ナイフを拾った。それで、すべて悟った。たまらずに言った。
「そんなことしちゃあ、だめだ。」
 ハス先生が、わかったというようにリウの肩に手を置いて、座り込んでいるレモとカリフのそばに腰をおろした。
「年を取るとちょっとした距離でも息が切れるな。長く生きたもんだ。」
 ちょっと笑う。
「レモは人の何倍もたくさん生きているから、急ぎたくなるのも分かるが、ちょっと待ってくれ。」
 そういって、息をついた。
「ひとのこころにはすきまがあってな、ひょいとした拍子にそこに風が入り込む。ひゅーうひゅーうと寒い風だ。しんから凍えるたまらない風だ。おとなでも耐えるのは難しい。」
 そういって微笑んでレモの頬を大きなてのひらで包んだ。
「おまけに今は季節の変わり目だ。今まで以上にやり過ごすのは大変だろう。そういう時は助けを求めなさい。温かいぬくもりを。どんなことばでもいい。まわりが君を温めるチャンスをおくれ。」
 まだしゃくりあげているが、レモの頬には生気がよみがえってきた。
 切り株になったように何も言わなかったカリフが口を開いた。
「いのちはあたたかくて、やわらかいものだ。だから尊くかけがえがないんだ。かたく、冷たくなることはたやすい。あたたかく、やわらかくあることは奇跡なんだ。レモ、君はあたたかいよ。」
 レモが落ち着いたのをみはからって、みんなで学問所へと戻り始めた。
 カリフはひなを抱く鷲のようにレモを腕にのせている。
 イナが弓を大事に拾って後ろについた。
 リウはイナと目が合った。
 同じことを想っていることが分かった。祭りの日のあのカリフの顔を。
 カリフの言葉は、リウの胸の底のやわらかいところに降り積もるように静かに落ちていった。
2006.08.04 Friday * 14:47 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
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2008.07.25 Friday * 14:47 | - | - | -
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