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2008.07.25 Friday * | - | - | -
* 1:兄のくに 弟のくに
『その民は兄と呼ばれる

 聖なる永遠の光から遠ざかるがゆえに

 世界をこわしていってしまう者は

 弟と呼ばれる

 分かつためにそう呼ぶのではない

 愛しみをこめて兄は弟に語りかける

 切っても切れぬ兄弟なのだ

 そして万物の調和を保つことは

 兄弟の役割なのだ』
 
 
 ペキニの街の1万年前のいにしえの書に、そう記された民がいた。
 創造と破壊のバランスを保つ責任があると思っている穏やかで謙虚な民である。
『わたしたちには多くの富は要らない。永遠の光を絶やさなければ、豊かに生きてゆくことができるのだから。』
 そういって訥々と日々の暮らしをつむいだ素朴な民だという。

 目の詰まった丈夫な白い服を来た少女が、聖なる遺跡の斜面を登って行く。
 振り向いて透き通った黒潤石のような瞳でひたとこちらを見て笑った。そこで目が覚めた。
(夢か・・。)
 兄の民のことを学んで以来、時々夢を見る。
 リウはその少女がただの夢の中の少女だとは思えなかった。
 家の中は静かだった。母は早くから生業の機織り所に出かけたようだ。
 寝床から飛び起きると銀の角ヤギの乳を飲んで、学問所の本をつかんで家を出た。
「リウ!」
 駆け寄ってきたのはいとこのイナだった。
「聞いた?今日は朝一番から司祭宮だって。」
「えっ?知らない。そうなんだ。」
「やっぱり。行こう。」
「うん。」
「サリは?サリも知らないんじゃない?」
「きっとそう。行こう!」
 サリの家に寄ってみると、案の定サリはいつものように寝坊した上、司祭宮で授業があることは知らなかった。
「イナはいつもちゃんとしてるね。リウと同じ一族とは思えないよ。」
 サリがねぼけまなこでそうつぶやくと、リウはカラカラと笑った。
「イナは叔父さん似さ。父さんの妹の、オレの叔母さんはおおざっぱだ。」
「お転婆なリウにそっくりな?」
「ほっとけ!」こぶしを振り上げるとサリはきゃっと笑ってイナの後ろに隠れた。
「ほらほら、遅れるよ!」
 笑いながらイナが言って、3人は駆け出した。

 街の中央に位置する司祭宮は、遠くからでもすぐ分かる。光に反射すると七色に輝く水輝グラスでできている。
 ここ、ペキニの街では9歳以上のある時期になれば司祭の授業がある。
 司祭宮奥に祀られている『永遠の光』を守っていくこころを伝えられる。
 サリは今年9歳になった。リウは14でイナは16だ。
 少し遅れた。階段を登って入り口を入った広間にみんなもう集まっていて、司祭のひとりが話し始めていた。
「‥今日は奥へ案内しよう。こちらへ。」
 リウはイナと目を合わせてほっと息をもらした。学問は好きではなかったが、司祭宮での授業は楽しみにしていたのだ。
 小さな頃から司祭宮が好きだった。
 朝の光にキラキラ光る司祭宮を初めて見た時、この世界にはなんてうつくしいものがあるのかとうっとりしたものだ。
 どんなに悪さをしても、リウは司祭宮に連れて行かないと言われればぐうの音も出なくなってしぶしぶそれをやめる。
 それでも幾度でも繰り返し悪さをするこのあたりでは札付きの子供だった。
 女の子ながら、よく男の子と取っ組み合いのけんかをして怒られて、イナが一緒に謝ってくれたものだ。
 イナはおとなしくて落ち着いた男の子だ。小さな頃から人にほめられる、けなげで賢い子だった。
 だからイナが必死になってとりなしてくれると、たいがいは大人は許してくれた。

「この『真昼の庭』は人間の明るい面を象徴している。」
 司祭はそういって中庭を取り巻く回廊をゆく。さんさんと陽が降りそそぐそこには、色とりどりのうつくしい花が咲き乱れ、中央に司祭宮の地下から湧く噴水が絶える事なくその飛沫をあげていた。
「この扉の向こうは『内なる回廊』だ。ここから人は自分の内面へと向き合っていくことになる。」
 大柄な司祭でも少し息を詰めるようにしてその重い金属の扉をギギイッと押し開けた。
 明るい庭から一転して中はまるで真っ暗だった。
「すぐに目が慣れる。こっちだ。」
 そういうと灯りももたずに、司祭は足取りを緩めることなく奥へ進んで行く。
 たしかにだんだんぼうっと白く光る貝殻で出来たような柱が見えてきた。
 その柱に支えられた細い空間をしばらく真直ぐいくと突き当たり、左に曲がる。こころなしか下り坂になった。
 またしばらく行って突き当たると直角に曲がってさらに下って行く。
 もう3度ほど長い暗闇を左に曲がって下ったところに小さな灯火が点っていて、そこにはさらに地下にえんえんと通じるはしごがあった。
 15人ほどの生徒は何も言わずにお互い顔を見合わせた。
 外から見るおとぎばなしのような司祭宮からは想像もつかない展開だった。参拝は広間まで。祭りの時でも『真昼の庭』どまりで、金属の扉の向こうへは入ったことがなかったのだ。
 大人に聞いても、
「いずれ分かる。」としか教えてくれない。
 たしかにこの長い暗闇の回廊を黙って歩いていると、いろいろなことを思わずにいられなかった。 
 ひとりしか降りられないような狭いはしごを一列になって下った。はるか下にやはり灯がともっているのがわかる。
 降り切ったところにまた金属の扉があって、司祭はまた全身を預けるようにそれをゆっくりと重々しく押した。
「あっ!」
 生徒たちから声があがった。
「まぶしい!!」
 地下へ、地下へと下ったのに、まるで真昼のような光に目がくらんだ。
「これが、永遠の光!?」
 リウが叫ぶと、司祭は口元に手を当てて声を制した。
 そこは入り口の広間くらいひろびろとした空間で、床一面鏡でできていた。
 と思ったのも無理はない。
 まるで鏡のように澄んだ水がたたえられた池がひろがっていたのだった。
「清めの間だ。まだ奥宮ではない。」
 丸天井は高く、白く輝いていた。輝光石でできているのだろうか。
 気がつくと、奥の扉から供を連れて現れた風格のある司祭がみんなに近づいてくる。
「タイラオラ・オーネン司祭だ。」
 生徒たちはさざめいた。
 オーネンといえば、ペキニで唯一姓を名乗ることを許された司祭中の司祭だ。
「直々にお清めいただく。」
 生徒たちはひとりづつ永遠の光にまみえるため、オーネンから清めを受けた。
 池の水はこの地に昔から湧く聖水で、そのためここに司祭宮は造られた。
 リウの番が来た時、オーネンはふと何かに気づいたようにリウの灰色の瞳を覗き込んで、紅い髪に触れ、言った。
「炎を持っておるか。つとめがあるのであろう。」
「?なんのことですか?」
「たとえ滑り落ちても、信ぜよ。そなたの内と永遠の光は通じておる。ここへときっともどるのじゃ。よいな。」
「??」
 サリの番になると、オーネンは慈しみ深く笑った。
「弾ける清水よ。炎を癒せ。」
 そして、イナの肩をわかったというようにたたいた。
 3人で顔を見合わせたが、それ以上聞ける雰囲気でもなかったので、おとなしくオーネン達についていった。
 池の向こうは岩場になっていて、削られて造られた石段がある。そこを登り切ったところにまた入り口があった。
 扉が開かれる。
 さらにさらに上へと登る階段が続いていた。らせんになったその階段を昇りながら、サリがつぶやいた。
「司祭宮の塔を登っているんだね。」
 リウもうなずいた。
 司祭宮が遠くからでも分かるのは、うつくしく天に聳える塔があるからだ。 
 けれども『永遠の光』がまさかそこにあるなんて、思ってもいなかった。
 時々ある踊り場の窓から、ペキニの街がうつくしく広がっているのが見渡せた。随分登って息が切れた頃、白く半透明な牛牙のような色の扉の前に立った。
 少しも息が上がっていないオーネンが胸に手を当てて祈りの言葉を唱えると、その扉を押し開けた。
 扉は羽根のように音もなく開いた。
 円形のその部屋の中央に、円壇があり、グラスでカバーされたそこに金精鳥の卵くらいの大きさに光る金色の光の玉が浮いていた。
 正確には縁には虹色がゆらめき、四方に金の光を放射しているそれは一言ではいい表せないものだった。
 あたたかみもあるのにとても涼やかでもあり、時々透き通ってそこにないかのようにも見える。
 前へという素振りをされ、みんなおずおずとその円壇をとり囲む。
 オーネンはひとりひとりの瞳をじっと覗き込むように見回すと、
「これが『永遠の光』だ。天から灯されておる。ペキニ創造1万3千年の歴史の始まりからここにずっとこうして灯り続けている。なぜだかわかるか?」
 物音ひとつ立たない部屋の中で、15人の瞳に力がこもった。
「ここは兄の民の末裔が治めた街であるからだ。兄の民を知っているな?」
 みなうなずく。
「ここは元々弟の土地だった。そこにひとにぎりの兄の民がやってきて1万3千年かけて争いあう弟たちを融和する方へと導いていった。わたしたちはその兄弟の血が混じったものだ。さあ、聞こう。兄の民とはそもそもどういう民か?」
 オーネンはサリの肩にその大きな手のひらを静かに置いた。
 サリはほんのり上気した顔で瞳を輝かせて言った。
「万物の調和を保つ責任があると思っている誇り高く謙虚な民です。」
「そうだな。ではその朴訥な民の兄弟である弟の民はどういう民か?」
 イナが答える。
「自分の利益のためなら戦さも破壊も厭わない強欲さのある民です。」
「そうだった。兄が来るまでは。今はどうだね?」
「ずいぶん強欲は薄まっては来ていますが、まだまだくすぶっています。」
「ハハハハ。よろしい。もうすぐ1万3千年目の夏至祭だ。あと半年もすれば地滑りが起こる。よくお聞き。」
 みなの目に永遠の光が宿る。
「兄になり切れない者はその時滑り落ちるだろう。けれども忘れるな。落ちた者こそが兄となるのだ。ともに落ちた弟を支えよ。そして兄のくにへと到れ。そのために落ちるのだ。よいか?」
 みなの顔を見渡して、最後にオーネンはリウをひたと見た。なんとも言えない深い瞳を投げかけて。

 階段を下りながら、リウは考えていた。
(地滑りってなんのことだ?オレは滑るのか?)
 いつもは恐い者知らずのリウなのに、どうしてもオーネンに聞けなかった。
 答えられることが恐かった。
 サリが言った。
「きれいだったねえ。永遠の光。ぼく、忘れられないよ。」
 イナも言った。
「ああ、はかなげでもあるけど、あれが1万3千年も灯り続けたなんて、奇跡だね。」
 案内してくれた司祭が答える。
「あの光を灯し続けるのには、人の想いも関係している。消えかかりそうなあの光を守ってきたのは兄の民のこころなのだ。」
「兄の民のこころ?」
「そう。天から絶えまなくそそがれる髄気に人の想いが灯って目に見える光となった。我々が守りたいこころがそこに灯っているのだ。だからつまり、『永遠の光』を守るというのは・・・。」
「調和のこころを守るってことですか?」
 サリがはずんだ声できいた。
 司祭は小さなサリを振り返り、にっこりとうなずいた。

 司祭宮を出ると、真昼の光がまぶしく照りつけていた。ここでの授業は昼までで、ここの授業がある日は午後は何もない。
 リウはいつになく無口になり、ふたりと別れて反対方向に歩き出した。
(たとえ滑り落ちても、永遠の光とつながっている?それっていったい・・・。)
 思いにふけって歩いていたら、目の前に人影が現れたのに気がつかなかった。
 その相手の胸とまともにぶつかった。
「どこに目、つけてんだよ。」
 聞き覚えのある声にはっとした。
「リサイ!」
 隣町の札付きのリサイとその仲間だった。
「今日はいつものチビっ子とやさ男は抜きか?」
 リウはその言葉を無視して行こうとした。 リサイはその肩をつかんで自分に向けようとした。
 リウの拳が飛んで、リサイがのけぞったのと、リウの身体がふっと沈んで脱兎のごとく駆け出したのとが同時だった。リサイの仲間が止めるスキもなかった。
 たばねていた紅い髪がほどけてひるがえった。誰も追いつけないリウの足は、まるで一陣の紅い風を巻き起こすようだった。
 駆けて、駆けて、駆けて、牧を越えて川を飛び、森へと走った。
 もう、リサイ達から逃げているのではなかった。突き上げる衝動が、リウを止めなかった。
 イスキニの森の奥深く、昼でも光はちらほらとこぼれる程度のしんとしたそこまできて、やっとリウは肩で息をしながらゆっくりと立ち止まった。
 大きく息をはずませながら、顔にかかる紅い髪を気にもせず、ただ、立ち尽くしている。
 リウには分からない。なぜ自分の頬に熱いものが伝っているのか。
「うっうっうっ・・えっえっ・・」
 誰にいじめられても、しかられても、1度も泣いたことはなかった。泣く前に手が出ていた。
「ちくしょう!オレはなんで泣いてるんだ!」
 そうつぶやいて、小さな泉の縁にしゃがみこんで、そしてその清水に手を浸した。
 顔を洗った。
 リウはなにかあるとここへ来て、顔を洗う。
 けれどもその時リウは、いつもと違う何かの視線を感じて、冷たい清水が顔から滴ったまま拭うことを忘れた。
(はっ!)
 泉の中にふたつの瞳がある。
 瞬間的にリウは飛び退いた。
 だが同時になんというか言葉ではない何かがリウをとらえた。
[なんで泣く?]
「誰だ!」
[いつもは泣かない。どうした?]
「どこにいる!何者だ!」
[気にするな。ここにいる。いつもだ。]
 相手の間延びした返事に、リウは少し緊張の極からゆるみだしていた。
「何?・・・ここ?」
 いつでも飛べるように筋肉は緊張させながら、さっき瞳を見た泉にそっとにじりよった。
 目が合った。背が夕陽の色をした小さな魚が、リウの方をひたと見つめていた。
「お、お前か?」
 魚のその目が少し笑ったように見えた。
「いつもそこにいるのか?」
[ああ]
「オレのこと、見てたのか?」 
[ああ]
 リウは力を抜いて、しゃがんだ。
「話ができるのか?」
[そうしたきゃな。ところでなんで泣く?]
「わからん。」
[ふるえているのか?]
「なに?」
[未来の予感にふるえているな?]
「なんだと?」
[自分の激しさにおののいている。]
「えっ・・。」
 リウは虚をつかれたようにその夕陽を見つめた。
「どうしてそんなことを言う?」
[おまえのこころを見ているだけだ。]
「見えるのか?」
[おまえは見えないのか?」
「・・・。」
 リウはこの魚が嫌いではないことを感じ出していた。
[わたしもおまえが嫌いじゃない。]
「ふふふふ。・・。名前はあるのか?」
[呼ぶ者がないからない。]
「じゃあ、呼ぼう。夕陽の色をしているから、ララだ。オレは・・」
[リウ。]
 リウはそれをきいてにっこりと笑った。
2006.07.25 Tuesday * 17:52 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 2:地滑り
 午後も遅くなって家にもどってきた。
 機織り所から母のタリはもう帰っていて、リウを見るなり言った。
「どこ行ってたの?イナが心配して様子を見に来たわよ。司祭宮からひとりでどこかへ行っちゃったって。」
「森に行ってた。角ヤギの乳はこれからしぼる。」
「それはもう母さんがしたから、井戸から水を汲んで来て。」
 家の裏の丘をまわったところに井戸がある。陽が傾きかけてきて、丘の上に一番星が輝き出した。
 井戸の底めがけて桶を投げ込んだ。そして桶につながれた縄を引いた。
(母さんには心配かけたくない・・。)
 リウの母は父が亡くなってからひとりでリウを育ててくれた。悪さするたびに呼び出され、頭を下げ続けてくれた。
 それでもリウは自分の中の何かが時折激しく燃え盛り、歯止めが効かなくなる。
(オーネン司祭が言った炎ってそのことだろうか・・。それは兄の民にはないものだ。だから滑り落ちる。)
 桶を担ぎながら、リウはなおも思った。
(滑り落ちるとどうなるんだ?それにオレはたぶん弟なのに、一緒に落ちる弟を支えて兄のくにに到るってどういうことなんだ?)
 うちにもどるとイナが来ていた。
 タリは言った。
「ふたりとも、夕飯よ。イナ、食べていくわね?」
 テーブルには角ヤギのチーズで煮込んだ夏陽豆と、こがしマム、発酵酒が並んでいた。
「リウ、だいじょうぶか?」
「なにが?」
「なんだかいつもと違ったから。」
「平気さ。」
 そういってリウはにこっと笑む。
 イナは腑に落ちぬ顔をした。
「今日、司祭が言ったろう?地滑りが起きるって。おばさんは知っている?」
「夏至祭がもうすぐだからね。そう、聞いたの。」
「それ、なに?」
「それはもう、何万年も前から決まっているサイクルで、この世界の営みなんだと聞いたわ。世界はらせんに上昇して進化しているの。それは聞いた?」
「いえ・・。」
「その行程で、少しずつたまった滞りやゆがみはやがて膨大になり、ピン!とバネがもどるような揺りもどしがくるの。それが地滑り。一度目盛りがもどって新たに始まるのよ。新しい進化の段階に入る。その時、一度両極があらわになり、混ざっていた兄と弟が離され、弟が進化するのを兄は待つことになる。弟は本当の苦労を味わうことになるけれど、そのおかげでピュアに進化の列に入ることができるようになるのよ。」
「滑るものと滑らぬものに分かれるの?」
「分かれてもひとつなのよ。」
「?」
「兄は手出しできないけれど、いつも弟のことを感じて兄のくにで生きる。弟も感じようと思いさえすればそうできる。」
 そこでリウは言った。
「オレは滑るそうだ。」
 タリはリウの顔をひたと見た。
「タイラオラ・オーネンが言ったの?」
 リウはうなずいた。
 タリは立ち上がるとリウのそばにいってリウを抱き締めた。
「おまえの炎が強ければ強いほど、他の弟を助けることになる。おまえはそれを望むがゆえにそれだけ激しいのよ。」
 抱かれながら、リウの瞳は涼しかった。
 イナはそんなリウの瞳は見たことがない、と思った。

「じゃあ。」
 イナが戸口の外に出て言った。
「じゃ。」
 リウが答えた。
 行きかけて、イナは立ち止まった。そして振り返ってリウの顔を見て言った。
「どうしてそんな目をしている?」
「え?」
「受け入れた目だ。そんなことはいままでなかったろう?」
「・・・。見られたんだ。」
「え?」
「オレのこころを。そのおかげで、はじめて見たんだ。」
「なにを?」
「オレのこころだ。」
「誰が見たんだ?」
「ララ。」
「誰だそれ?」
「魚だ。イスキニの森の。」
「?」
「聞かないのか?」
「オレはリウのこころが平和になってくれさえすれば、リウのともだちが誰だろうがかまわないさ。」
 リウは柄になく少したじろいだ。イナはそこまで思ってくれているのか?
「イナ。」
「なんだ。」
「おまえはオレの兄だな。」
 イナは笑った。そしてリウをこづいた。
「ああ、そうさ。おまえがどこにいようとオレは待ってるよ。」
 そういってイナは帰っていった。
2006.07.26 Wednesday * 12:43 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 3:カリフ
 翌朝はいつものように学問所の授業だった。 
 リウは迎えに来たイナと、サリの家に寄って、いつものように3人で丘の上の学問所に向かった。
 けれどももうすぐ学問所が見えてくるという坂道の途中で、リサイたち5、6人の待ち伏せにあった。
「きのうはありがとよ。今日はそのお礼を言おうと思ってな。」
「リウ、きのう、リサイと何かあったのか?」
 イナがささやく。
「殴ったんだ。」
 イナは眉を寄せると叫んだ。
「走れ!」
 3人はリサイたちを突き飛ばして走ったが、後ろで声がしてリウとイナは振り返った。
「このチビっ子はいらねえのか?」
 サリがリサイの仲間に羽交い締めにされていた。声も出せずにもがいている。
「離せ!」
 イナが叫んだが、リサイたちはにやにやするばかりだった。
 リウは自分の内側が沸騰してくるのを感じていた。
 イナはリウの瞳にいつもの紅い色が灯ってくるのを見ると、間髪入れずリウより先にリサイたちの中に飛び込んだ。たちまちイナは何人もに殴られて地面に叩きつけられた。
「イナ!」
 リウとサリが同時に叫んで、リウはリサイに飛びついた。
 その時だった。リウがリサイからはがされて、リサイが悲鳴をあげたのは。 
 群青の髪をした背の高い身の引き締まった男が、リサイの身動きを封じていた。
 リウも首根っこを掴まれて動く事が出来ない。
「往来でけんかか?通れないだろう?まだやるか?」
「いてててて!助けてくれ!」
 リサイはどこをどう封じられているのか、情けない声を出した。
 どさっと投げ出されると、戦意が失せたのか、リサイは仲間たちに声をかけた。
「い、いくぞ!」
 パラパラと三々五々、振り返りながらリサイたちは坂を下っていく。
「だいじょうぶか?」
 男はしゃがむと、イナに声をかけた。
「だ、だいじょうぶです・・。」
 イナは額から血を流しながら、ゆっくり起き上がった。
「大事をとった方がいい。もうそこが学問所だ。わたしが担いでいこう。」
「ありがとう・・。」
 リウは男の顔とイナの顔と交互に見つめながら、殊勝な声を出した。
 イナがくすっと笑った。
 サリがはしゃいでいた。
「すごかったねえ、どうやってやったの?リサイがおとなしくなっちゃったよ!」
「行こうか。」
 男はサリに微笑んだ。
 学問所に血だらけのイナを担いで入ると、みんなが騒ぎ出した。すぐに白髪混じりのハス先生がやってきた。男は告げた。
「ハス先生、カリフです。」
「おお、カリフ!待っていたよ。いったいどうしたんだ。」
「けんかです。彼を寝かせたいんですが。」
「ああ、いいともまずはこっちへ。」
 イナが連れて行かれて、リウとサリはみんなに囲まれた。
「どうしたんだよ?リサイか?」
「あれ、誰だ?」
「知らない。」
「今日から来る先生がカリフっていってたよ。」
 誰かが言った。
「じゃ、そのカリフだ。」
「強かったよお!リサイは身動きできなくなって助けてくれだって!」
 サリはうれしそうにみんなに語ってきかせた。
 時間が来ても授業にならずに騒いでいるところへ、ハス先生とカリフが帰ってきた。
「イナは?」
 リウが聞くと、カリフはにっこり笑って答えた。
「大丈夫だ。脳震盪を起こしているから、しばらく休んでもらう。」
「さあ、みんな席について!新しい先生を紹介しよう!カリフだ。今日から、弓と竜笛の授業を受け持ってもらう。」
「よろしく。」
 みんなはこの若々しく頼もしい先生をまぶしげに見つめた。
2006.07.27 Thursday * 13:19 | Story | comments(2) | trackbacks(0)
* 4:弓
「大きな戦がなくなって久しいが、なぜ弓をやると思う?」
 カリフ先生は学問所の森で、しなやかな白い弓を手にみんなに問うた。
 みなの注意を引きつけたことを確認すると、続けた。
「今起こっている戦に立ち向かう杖とするためだ。」
 そういって弓をはじいた。
「どういう意味ですか?」
 サリがつぶやいた。
 カリフは笑うと言った。
「ほんとうの戦はここにある。」
 そう言ってむねを突く。
「ひととひとの争いはそれが表に出たものだ。ひとは相手と戦っているのではない。いつも自分のこころと戦っている。」
「弓は自分のこころがあらわになる。弱いこころでは届かない。ひとりよがりならばずれてしまう。激しければ弦を切る。どれも的外れだ。」
 そういってみなの顔を見回す。
「戦わぬこころを学ぶために弓を引く。わかるかい?」
 みなはうなずいた。
 ひとりひとりに合った弓を選び、ひとりひとりの手を取っててほどきを始めた。
 リウの番になってカリフはひときわ丈夫な弓を取った。
「ほんとうの強さを知った時、これも引けるようになる。リウにはこれも引ける力がある。」
 手に取った。引こうとした。半分も引けなかった。
「それを持ちなさい。」
 ひとりひとりに弓は預けられた。
 授業の最後にカリフは竜笛を吹いた。竜笛は天と地を結び、竜が舞う笛だといわれ、祭りの時に吹かれる。
 その物哀しくも果てしなく希望に満ちた笛に、リウはこころを揺さぶられた。
 
2006.07.28 Friday * 12:15 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 5:闇
 翌日はリウがイナの家に迎えにいった。
 叔母さんが出て来てカラカラ笑いながら告げた。
「イナもやるもんねえ。見直したよ。今日はまだ行けないけど、心配しなくていい。それよりリウ、リサイには気をつけな。裏から行くといい。」
「ああ、分かった。イナによろしく。」
 サリを連れて学問所に行く裏道を通った。
薮をかき分けて行くので、さすがにリサイたちもこの道は知らないはずだ。
 近道でもあるので、早く着いた。
 広場にカリフがいた。白い弓を引いていた。矢は、弧を描いて庭のトウジクの実に命中し、それを落とした。
 それは美しい絵を見るようで、どこにもよけいな力はなく息を飲んだ。
「カリフ先生!」
 サリが呼んで、カリフはこちらを見た。にこにこしながら、リウたちのそばに寄ってきた。
「早いな。」
「とてもきれいだった!」
 サリもにこにこして言った。
「そうかい?」
「どうして力がこもってないように見えるんだろう?」
「そうだな。自分の力から離れようとしているからかな?」
「?」
「自分がやろうとしてもだめなんだ。意志の力は要るにしても。今日はそのあたりのことを話そうか。」
 今日の一番の授業はカリフの弓だった。
 みんなの瞳が輝いてきているのを感じて、カリフは目を細めてうなずくと始めた。
「弓は誰が引く?」
「自分・・。」
 答えた生徒にうなずくとさらに言った。
「実は自分であって自分じゃない。もちろん弓を引くことを選んで、内側のかっとうと向き合うのは自分だ。だけど、最後には引かされる。」
「えっ?」
「自分の弓を邪魔するまぎれもない自分にちゃんと向き合って、さらにそれに捕われないことを選ぶ時、それはやってくる。」
 みんなは息をころした。
「引かされるんだ。引くんじゃない。だが、まずは自分に向き合うことから始めなくちゃならない。やってみよう。」
 みんなはまだ、引く形もままならぬ段階だった。けれども弓というものの不可解さに、すでにみんな引き込まれていた。
 生活するための技術や知恵、自分たちの街の歴史や決まりごとを今まで学んで来た。
 けれども、自分に向き合うだの、自分じゃないってことだのは初めての経験だった。
「リウ、そうじゃない。力まかせにやっても弓は開かない。今、弓にいうことをきかせようとしている自分を見なさい。それでは弓の協力は得られない。」
 そんな発想は今までなかった。こぶしで乗り越えてきたリウは、他の小さな生徒よりも七転八倒していた。
 対照的にサリは、自分の身の丈にあった弓を軽々と引いていた。まだ、焦点を合わす落ち着きはないが、誰よりも早く弓とともだちになったのは、サリだった。
「いいかい?どんなに強そうに見えても、正しそうに見えても、自分だけがそうだと言い張るなら、それだけで正しくないんだ。こころの中を見てごらん。言葉にしなくてもそんなこころでいるなら、世界の協力は得られない。弓から矢がはなたれて、的に当たるというのは、世界のすべての協力を仰ぐということといっしょなんだよ。自分がやっていると思うのは錯覚だ。だから、こころを見つめることが弓を引くということなんだ。」

 授業が終わって、リウはみんなが建物に入ってしまってもそこに残っていた。それに気づいたカリフは話しかけた。
「むつかしかったかい?」
「どうやったらカリフ先生みたいに弓ができるようになるんですか?」
 慣れない敬語を使っていることがありありと伝わるぎごちない話し方に、カリフはそっと笑んだ。
「すぐにはできないさ。けれども自分の闇をたくさん見るものには弓はやさしい。」
「カリフ先生に闇なんてありますか?」
 カリフはリウの肩に手を置いて座らせると、笑わずに言った。
「わたしは人を殺してしまったことがある。自らも死にそうになったこともある。わたしのからだは見た目よりもぼろぼろだ。ひとや世の中を恨みもした。だからこそ言うんだ。自分の闇を見なければほんとうの光も見ることができない。」
 リウは言葉が出なかった。カリフはまるで光り輝く太陽のようだと思っていたから。
 少し笑むと、カリフは続けた。
「何もそういう体験をしなければ闇をみることができないというんじゃない。わたしはリウの中にわたしと同じ闇を見た。けれど、それこそが矢を遠くまっすぐに放つ力の源なんだ。自分の中の闇をおそれて目を閉じるな。おそれているという自分をしっかり見るんだ。」
 そういって微笑むと、カリフは弓を持って講議堂の方へと向かっていった。
 リウはしばらくその場に座り込んでいた。
(人を殺したことがある。)
 リウは一点の曇りもないように見えるカリフが、なんのちゅうちょもなくそのことを自分に話したことを受け止めようとしていた。
 どれだけのこころのかっとうをくぐればカリフのように笑えるのだろう?
 リウは、自分の中に封印してきた記憶が蘇ってくるのを感じていた。
 すべては自分のこの闇と炎によるものだった。
(父さんを死なせたのはオレだ。)
2006.07.30 Sunday * 23:13 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 6:イフー山
 学問所に入ったばかりの頃だった。
 リウは近所の子供を従えて遊ぶお山の大将だった。恐いものがなかった。いうことを聞かないものはこぶしで従えた。
 ある時、山からやってきたサジという子とどちらが強いかかけをしようという話になった。勝った方がみんなを牛耳るのだ。
 サジはイフー山の山頂の岩場にどちらが長く立てるか勝負しようと言ってきた。
 イナが止めるのもきかず、リウはすぐに受けた。
 月明かりの夜、こっそり家を抜け出してリウと何人かの子供はサジの待つイフー山に向かった。それに気づいたイナは、リウの父に知らせに走った。
 イフー山は風が強いことで知られている。
その山頂は岩場になっていて、そこから見下ろすと、絶壁になっていて、底も見えないほどだった。
 大人でもそこに立つと目を廻す。
 知らせを受けてリウの父イハンはすぐさま追いかけた。
 イハンとイナが着いた時、リウとサジのふたりは並んで岩場の端で強風にあおられていた。
 そしてまさにその時、イハンの目の前でふたりは大きくふらついて倒れそうになったのだ。イハンは飛びつくようにふたりの手を取って引いた。
 が、そのいきおいでイハンの足下の岩はくずれ、リウの目の前で絶壁のはるか底へと吸い込まれるように大好きな父さんは落ちていった。
「父さーん!!」
「おじさーーん!!」
 サジは青い顔をしてへたりこみ、リウとイナは声を限りに叫び続けた。
 あれから6年。
 イフー山の底に落ちた者は足場がなく、誰も助けに行けない。
 父さんは今もそこにいる。

 母さんは一言もリウを責めず、抱き締めてくれた。
 あれからリウはまわりの子供を従えるのはやめた。どこか距離を置くようになった。それでもリウのそばを片時も離れないでいるのが、いとこのイナと無邪気なサリだ。
(オレは、自分のこの熱くなる闇がほんとはほとほといやなんだ。このせいで父さんは死んでしまった。だけど、オーネンやカリフが言うように、これが何かの役に立つこともあるんだろうか?)
2006.07.31 Monday * 14:38 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 7:リサイ
 翌日は安息日だった。学問所も仕事も休みだ。リウはイナの様子を見に行った。
 イナは家の裏手でまき割りをしていた。
「大丈夫なのか?」
「ああ、まき割りが溜まってたから昨日も休んだついでに少しやってたんだ。ケガはたいしたことない。」
 一見か細く見えるイナだが、案外とたくましい。
 切り株に腰を下ろして、イナはひと休みした。リウもそばに座り込んだ。
「カリフ先生っていい先生だな。」
 リウがつぶやくと、イナもうなずいた。
 だが、カリフが人を殺したことがあるということは、イナにも告げられなかった。おそらく、リウに言ってくれたことだから。本来は人に言わないことなんだという気がした。
「もうすぐ夏至祭だ。」
 イナが言った。
「ああ。」
「カリフ先生が弓と竜笛を披露して司祭宮に奉納するそうだ。」
「へえ。先生は今まで街で見なかったけど、どこから来たんだろう。」
「海の方のタスチフのあたりからだって聞いたよ。オーネンのつてらしい。」
「詳しいな。」
「母さんから聞いた。」
「ああ、叔母さんは情報通だ。」

 ひと月もすると夏至祭の前夜祭だ。
 この晩は大人も子供も無礼講で、遅くまで街に繰り出す。
 リウもイナもサリも、小使い銭をにぎりしめてにぎやかな街の出店を見て回った。
 井戸噴水のある、骨董街の四ツ辻まで来て、リウははっと立ち止まった。
 向こうから来るのはリサイ達だ。
 それだけではなく、その後ろから笑顔を浮かべて歩いてくるのはカリフだ。
(どういうことだ?リサイ達と・・。)
 とっさに出店の陰に隠れた。
 イナとサリもつられたように隠れた。
 だが、通り過ぎようとするかに思われたカリフが、まっすぐ前を向いたまま、リウ達に声をかけた。
「一緒においで。3人とも。」
 ちゅうちょしたが、イナが目配せするので、仕方なくカリフ達のあとをついていく格好になった。
 時々リサイが振り返るが、その顔には今までのあからさまな敵意は浮かんでいない。
 司祭宮前の広場まできて、カリフはみんなに腰を下ろすように言い、マントのポケットから紙包みを出して、その中身をみんなに配った。口に含むと甘酸っぱいアカシの実のお菓子だった。
「ケンカの始まりはリサイにも聞いた。ずっとにらみあってきたこともね。リウにも言い分はいくらでもあるだろう。だが、司祭宮の広場で水に流さないか?」
「オレは知らない。リサイに聞いてくれ。」
「リサイはそうすると言っている。」
 リウとイナとサリは顔を見合わせた。
「なんで?」
 信じられないというようにリウはつぶやいた。
「カリフがそうしろというなら、オレはそうする。」
 リサイが初めて見るような真面目な顔をしてそう言った。
 どうしてかは分からないが、リサイはカリフのことを心底信頼しているように見えた。
 リウは毒気を抜かれたようにあっけにとられて言葉がしばし出なかったが、イナに肘でこづかれてやっと返事した。
「分かった。じゃあ、オレもそうする。」
「司祭宮の広場で祭りの前夜、アカシの実を食べたものはもう友だ。いいな。」
 そういって立ち上がると、カリフは笑って明るく手を振って、去っていった。
 リウは聞いた。
「どうしてカリフの言うことなら聞くんだ?」
 リサイは答えた。
「カリフはオレ達のことを初めて分かってくれた大人だ。だから裏切らない。じゃあな。」
 そういってリサイ達は祭りの人混みに消えていった。
 リウはカリフの不思議な力を感じていた。それは、力づくではなく人の心を掴む明るい力だった。
 それはカリフの過酷な闇が培ったものなのだろうか?
2006.08.01 Tuesday * 13:35 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 8:夏至祭
 夏至祭の当日の朝は花火が上げられる。
 祭りにふさわしい素晴らしい空だった。
 カリフが弓を披露するのは、祭りの幕開けの馬駆けだった。馬で駆けながら用意された的に当てるものだ。
 儀式なので、カリフは神聖な白の衣装をまとって群集の前に現れた。
 誰もがその姿に魅了された。
 あちこちでささやき声が聞こえる。
「あれは誰?」
 気合いのこもった声をひとつあげると、群青色の髪をなびかせて馬を下半身だけで操って駆け出す。そして、白い弓を大きく引いて司祭たちの居並ぶ中、的へと放った。
 ターン!
 乾いた音が響き、的の真ん中に矢は突き立てられた。
 群集はどよめいた。
 それを合図に夏至祭が始まる。
 馬の手綱を引いて、ゆっくりとカリフはタイラオラ・オーネンの元へと歩み寄った。そこでひざまずいて頭に祝福を受け、ひとことふたこと言葉を交わして馬を人に預けると、手袋を取りながら歩いてきた。
 リウたち生徒に気づくと満面の笑みを浮かべて手を振った。
 生徒たちは自分たちの先生の晴れ姿が誇らしかった。
 若い娘たちが幾人もカリフの後を追っていく。
 リウは、自分のむねの奥がわずかにちくっと痛むのを感じた。
 
 祭りの佳境で、タイラオラ・オーネンの説法がある。街中のものが司祭宮の広場に集まり、その年の大事な説法に耳を澄ませる。
 午後一番のその説法のために、リウたちも人にもまれながら広場で待っていた。
 その後ろにいつの間にか人に紛れるような色の服に着替えたカリフが、立っていた。
 あれだけ華のある人物なのに、誰にも気づかれず空気のようにも場に立てる人だと、リウは感心した。
 司祭宮のバルコニーからタイラオラ・オーネンが姿を見せると群集は大きく歓声をあげ、そして誰が音頭を取るわけでもないが、さっと水を打ったように静まった。
 オーネンはひとつせきばらいすると、語り出した。
「今日のこの日までに、大人達にも学問所の生徒達にも伝えてきたことだが、ついに1万3千年目の夏至を迎えた。大いなる営みは止むことはなく、半年も待たずにおそらく地滑りは起こるであろう。だが、みな、おそるるな。それは大いなる祝福であり、偉大なる愛しみである。ひとがこの世に生を受けるのは人の闇を身を持って知り、さらにその奥のほんとうの光にまみえるためである。もしも自らの闇に向き合えず、成長することができないとするなら、そうできるようにと用意される仕組みがある。地滑りとはそういった仕組みのことである。選別されて捨てられることではない。たとえ、どんな状況に陥っても、信ぜよ。それがその人間の成長にとってのなにより一番の舞台であると。そしてひとりの人間の成長とは、世界が待ちこがれる世界への福音である。その使命を負い、たとえ弟のくにに生きることとなっても、そのむねの内に通じておる『永遠の光』を忘るるな。弟のくにで兄になることほどの試練はない。だが、弟たちよ。そなたたちにはあまたの兄がついておる。たとえ手は差し伸べられずとも、そなたたちの『永遠の光』を誠から信じ、未来永劫待っておる。それが、兄弟というものだ。絶望の淵で聞くがよい。兄の声を。そしてまた、兄と弟がひとつとなり、ふたつとないくにで再会しようぞ。この1万3千年目の夏至にあたり、『永遠の光』をここから分かとう。」
 そういって、タイラオラ・オーネンは後ろを振り返った。
 司祭に掲げられて現れたのは、いつもなら司祭宮の塔のてっぺんに祀られている『永遠の光』だった。
 オーネンはみなに向けて語った。
「このともしびを灯すのはここにいる人々の想いである。ともに願い、祈ろうではないか。すべての人のむねにこの火が灯ることを。」
 群集はともにただひたすらひとつのことを祈った。その祈りは大きなうねりとなって掲げられている『永遠の光』に押し寄せていった。
 それを受けて『光』はひときわ大きくまばゆく輝き、そしてはじけた。
 花火の火の粉のようにそれは人々のむねに散った。
リウのむねにもそれは届き、砂金の粒のようなそれは清々しい風のように響いてむねの奥にしみていき、そこから透き通った泉のようなものがこんこんと湧き出ずるのを感じた。
(このむねにあの永遠の光が・・。)
「今、届いた光は呼び水である。元々すべての人の中に湧く『永遠の泉』を呼び覚ます。忘れそうになる時、これを思い出すがよい。」
 そういって人々の歓呼の中、タイラオラ・オーネンは司祭宮の中へと退いていった。
 振り向くとカリフはいなかった。
 リウは無意識に探して目を泳がせた。
 広場の北西の上り坂の小道をひとり上って行く背中を見つけた。人々の間をすり抜け、後を追う。
 それに気づいたイナも後を追った。
2006.08.02 Wednesday * 15:17 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 9:墓
 街中の人々が広場に行っているので、それ以外はかえって静かだった。
 坂道はやがて山道となり、ペキニを取り囲む城壁のような山並へと分け入る。
 途中、道端の花をカリフは手折った。
(こっちは・・。)
 思い当たる場所があった。
 ペキニの街の人々の墓所がある。
 どんな季節にも花が絶やされないそこは低い山の頂上が平らに開けていて、ペキニの街と外と両方が見渡せる眺望のいいところだった。
 カリフはその墓所の奥へ奥へと入ってゆく。一番奥の、外が見渡せるところの小さな墓の前まで来て、やっと立ち止まった。
 リウは手前の墓の陰で見守る。
 そのずっと後ろにイナの姿があった。
 ひざまずいて花を手向けると、ずいぶん長くカリフは祈った。立ち上がってからもしばらく離れようとしなかった。
 振り返った時、リウたちは見た事のないカリフの顔を見た。
 そこにはさいなまれ、傷つき、疲れたひとりの男がいた。
 とても声をかけることはできなかった。
 想いに浸って歩くカリフはリウに気づくこともなく、元来た道を下っていった。
 リウはカリフが祈った墓の前に立った。
 そこには遠慮がちに名前が彫られていた。
 それを読んでリウは小さくあっと声をあげた。
 イナがその肩に手を置いた。
「どうした?」
「イナ!」
 そういってリウは墓の文字を示した。
「えっ!?」
 そこにはかろうじて小さく『カ』『リ』『フ』と読める文字が並んでいる。
「どういうことだ?」
「さあ・・。」
 ふたりとも寡黙になりながら道を下った。
 祭りは広場から街中へとひろがり、街はにぎやかさを増していた。
 
 祭りのパレードも出店も、例年通りにぎやかに華々しかった。やがて来る大きな変化をまるで感じさせない。
 陽が暮れてくるとあちこちにたいまつが焚かれ、司祭宮の広場で祭りの最後を分かち合うために、酔いしれた人々がまた集って来ていた。
 今年の夏至祭の最後がいつもと違うのは、カリフの竜笛があることだ。
 バルコニーにタイラオラ・オーネンを迎えて、司祭宮の入り口の石段にカリフはまた白い衣装で上った。
 墓所にいた時とはまた別人のようにいつもの穏やかな顔で、笛を口にした。
 カリフを筒として吹き現わされる哀切で遥かな響きは、天の意を伝え、地の理を現わし、人の情をゆさぶる。
 その大きな営みがまるでまさに竜が舞うようである。そこにいる人々に、潮が満ちてきてきていることを感じさせるのには十分なひとときだった。
 やがて来る大波を、人々はそれぞれに懸命に受け入れようとしていた。
2006.08.03 Thursday * 14:09 | Story | comments(0) | trackbacks(0)
* 10:レモ
 祭りの日から三月(みつき)。
 一見平穏な日々が過ぎていく。こういう日々が続くと、まるで、地滑りなんかないかのようだ。
 あれからカリフもまったく何もなかったかのように明るい笑顔を絶やさない。
 けれどもリウのこころの中からはあの日のカリフの顔が消えなかった。
 
 学問所には8歳から18歳まで様々な年齢の生徒がいて一緒に学んでいる。
 下級生のひとりにレモという子がいた。レモは両親がおらず、親戚の家から学問所に通っていた。
 愛情に飢えているのか、気に入らないことがあるとよく自分の腕を自分で傷つけることがあった。
 リウは人を傷つける方にそのはけ口を求めたが、レモの気持ちもわからないでもなかった。外に向かうか内に向かうかの違いなのだ。
 だがリウは、レモに近づくでもなく、相変わらず誰に対しても距離を置いていた。
 その日レモは朝から顔色が悪かった。
 ハス先生の授業にレモがいないのに気がついたのはサリだった。
「先生、レモがいない。」
 歴史の本を閉じると、ハス先生は額にしわを寄せた。
「朝はいたろう、誰か知らないか?」
「具合でも悪いんじゃないか?ちょっと変だったよ。」
 そういう者がいて、部屋がざわついた。
「イナ、すまないがちょっとあたりを探してきてくれないか?」
 うなずくとイナはすぐさま小走りに扉から出ていった。
 広場を横切るイナを、弓の授業をしていたカリフが呼び止めた。
「どうしたんだ?」
「レモがいないんです。朝から顔色が悪かった。心配です。」
「そうか、わたしも行こう。みんなは練習していてくれ。矢はつがえるなよ。」
 カリフは弓を持ったまま、矢を拾い、イナの後を追った。
「学問所にはいないのか?」
「はい。もしかしたら、森かと思って。」
 裏手の森は案外深い。小さな子はひとりで入れば迷うこともある。
「レモー!」
 イナは叫びながら走った。いやな予感がしていた。こうして走ったことが前にもある。
リウの名を呼びながら。
 森の奥には滝がある。大きくはないが、深みもある。
「みんなで探した方がいいかもしれない。イナ、ハス先生と上級生を呼んでこい。」
 カリフが言った時、イナが叫んだ。
「あそこ!先生!レモが!」
 カリフの動きは早かった。
 持っていた弓を引き絞ると、レモめがけて放った。まだ遠く、走っても間に合わなかった。
 ピーンと弾ける金属音がして、レモが持っていたナイフははじき飛ばされた。
 はっとこちらを見るレモ。
 一瞬なにが起こったかわからなかったようだ。レモは今、ナイフで自分ののどを突こうとしていたのだった。
 火がついたように泣き出した。
 カリフとイナは全速力で駆け寄った。
 カリフは弓を放り投げ、レモを抱き締めた。
 イナはそのそばで息をはずませた。そして安堵のため息をもらした。
 カリフは何も言わずに抱き締め続けた。レモは張り詰めた糸が切れたように泣き続けている。森にその声がこだました。
 イナはただ、カリフに抱き締められているレモを見下ろしている。
 しばらくたって、
「だいじょうぶだ。もうだいじょうぶだ。イナ、ハス先生に見つかったと知らせてこい。」
 とても静かに、穏やかな口調でカリフは言った。
 もどろうとして振り返ったイナの目に、ハス先生やみんながやってくる姿が映った。
「みんなが探すといって授業にならなかったよ。レモ、レモ、だいじょうぶか?」
 太っていてあまり早く走れないハス先生は、大粒の汗をかきながらやってきた。
 そのあとから、何人かの生徒が連れ立って来ており、リウとサリもいた。
 リウは3人のそばまで来ると、ナイフを拾った。それで、すべて悟った。たまらずに言った。
「そんなことしちゃあ、だめだ。」
 ハス先生が、わかったというようにリウの肩に手を置いて、座り込んでいるレモとカリフのそばに腰をおろした。
「年を取るとちょっとした距離でも息が切れるな。長く生きたもんだ。」
 ちょっと笑う。
「レモは人の何倍もたくさん生きているから、急ぎたくなるのも分かるが、ちょっと待ってくれ。」
 そういって、息をついた。
「ひとのこころにはすきまがあってな、ひょいとした拍子にそこに風が入り込む。ひゅーうひゅーうと寒い風だ。しんから凍えるたまらない風だ。おとなでも耐えるのは難しい。」
 そういって微笑んでレモの頬を大きなてのひらで包んだ。
「おまけに今は季節の変わり目だ。今まで以上にやり過ごすのは大変だろう。そういう時は助けを求めなさい。温かいぬくもりを。どんなことばでもいい。まわりが君を温めるチャンスをおくれ。」
 まだしゃくりあげているが、レモの頬には生気がよみがえってきた。
 切り株になったように何も言わなかったカリフが口を開いた。
「いのちはあたたかくて、やわらかいものだ。だから尊くかけがえがないんだ。かたく、冷たくなることはたやすい。あたたかく、やわらかくあることは奇跡なんだ。レモ、君はあたたかいよ。」
 レモが落ち着いたのをみはからって、みんなで学問所へと戻り始めた。
 カリフはひなを抱く鷲のようにレモを腕にのせている。
 イナが弓を大事に拾って後ろについた。
 リウはイナと目が合った。
 同じことを想っていることが分かった。祭りの日のあのカリフの顔を。
 カリフの言葉は、リウの胸の底のやわらかいところに降り積もるように静かに落ちていった。
2006.08.04 Friday * 14:47 | Story | comments(0) | trackbacks(0)

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